【ジャカルタでの寝不足の日々と、都会ショック】
私もこちらに参加するため、8日間ジャカルタにあがっておりました。
キラキラ
1万8千程の島からなると言われているインドネシア。
移動するのに飛行機を使わなければいけないという点で、普段なかなか会えることがない隊員とようやく再会できる、非常に楽しみだった総会です。
ただ、ジャカルタは東京以上に大都会。
地下鉄を作ってるよ
私なんかの島暮らし隊員は、毎回そのカルチャーショックにやられます。
あと今回は公務として上京したので、普段感じることのできないVIP感を味わえました。
1:JICAカードを見せて飛行機を乗ると、座席をいい席で取ってくれた。
(行きも帰りもビジネスクラスのちょうど後ろの席で広々~、足がくめる~)
国際線は、緑のパスポートで通れる専用の通路もあるみたいです。
2:空港からドミトリーまでタクシー
普段50円くらいの乗合バスに乗る私にとっては、ソワソワしちゃう
3:総会に、大使館の方もご出席していただいて意見交換会の時間を設けてもらった
4:大使公邸で、立食パーティーにお招きいただいた
インドネシア協力隊・シニアボランティア・調整員さん・大使・関係職員の方々
そして、8日間の生活はというと、食事をゆっくりとる余裕もないくらいバタバタ、夜は2時~3時ころ寝て、5時半に起きるという生活を繰り返していました。
なぜかと言うと、
1:同期とのおしゃべりで時間が経ってしまう
2:会報誌の委員会に入っていて、その編集作業が結構ハード
できあがった記事に間違いがないか、チェック!
3:ドミトリーに40人近く集まるので、数に限りがあるシャワーなどの順番待ち笑
今回でドミトリーは満員に。隊員だけで35人
結果どうなるかというと、最後2日は熱が38度近く出て寝込むという、マンガみたいな展開。
しんどかったー。
そして今も長引き、 任地に無事ついた今、布団でうじ虫のようになっています。
今回の総会で発表した、帰国隊員の3名。(日本語教師 2名、柔道隊員 1名。 )
やっぱり、2年の活動を終えてからの発表は、ずっしり重くて涙なしでは聞いていることができませんでした。
遅くまで日本語の大会の練習を指導し、いざ大会で優勝した時の気持ち。
その大会に出席したインドネシア人の生徒は、賞金だった奨学金で日本に留学したそうで。
20分という発表で、2年間分のストーリーが凝縮されていた時間。私もそうなりたいな、と強く感じました。
たくさん意見交換をして。
ちょっとだけお酒も飲んで。
おいしいごはんを食べ、
日本語が話せる空間。
美容師隊員に、1年ぶりとなるヘアカットをしてもらいました!
「あぁ、任地帰ったらまた手で食べる生活が始まるんだろうな」
なんて隊員同志で言い合ってたけど、今そうしてみるとやっぱりそれもそれで悪くないかな、なんて思います。
赴任前、去年の12月に参加した総会。
(記事を探すも、総会については触れられていませんでした)
そして、半年間がっつり任地で活動してからの今回のジャカルタ帰省。
同じ総会なのに、やっぱり感じ方も、先輩や他隊員との関わり方も全く違いました。
インドネシアに来て、8か月目になります。
最初は受け入れられない文化を横目に、反目して一歩引いていた自分自身も。
もう、【やるしかない】という気持ちで。
前を向くしか、道は残されていないんだってようやく気付けた次第です。
あぁ、面白くない記事だな。
一点さっきあったことを書くと。
久しぶりに会った、アパートのお手伝いさん。
なんや、インドネシア語が全くはいってこなくて。
「部屋の床が汚れているから、モップを借りてもいいか」 と言ったのに。
ぐわーーー!と何かを言われ。
Ya!(はい)
というと、なぜか廊下においてあった私の靴を、水の入ったバケツに入れてジャブジャブと洗ってくれたのでした。
あ、あれー。
日向に干されるわたしの靴たち
まずは先に、インドネシア語の耳を取り戻さねば(*´з`)
そしてそして、明日からロンボクに新隊さんが3人やってきます♡
やったやったー♡
ロンボク島、賑やかになりそうです♡
0 件のコメント :
コメントを投稿