とある女子のロンボク730日滞在記✴︎

青年海外協力隊 26年2次隊 観光職 インドネシアのロンボク島へ。派遣前から、続けば帰国後までマイペースに更新してきます。

【異動してからのワタシ】新たな活動、新たな環境

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部署異動をしてから、協力者と一緒に活動がしやすくなって、結果本当によかったなと思っている2週間。




最近のワタシ。




1年以上前に種をまいていた、ある日本のガイドブックの担当者から連絡をもらい、急きょロンボクへ来てくれることになった。最初から一番注力をしたかったガイドブックだったし、(日本で一番有名な旅行ガイド、とでも言っておこう。)掲載に関して意見を反映していただけそうな温度感で。




1週間くらい同僚と各観光地へ再訪し、入場料やオープン時間などをしらみつぶしにまとめている状況。これみよがしにページ数を増やしてくれないかという腹の内側。
昨日見つけた変なアヒル







昨日は取材地の近くに、仲のよかったおじさんの家があったので、お昼すぎに顔を出してきた。私が事務所で倒れた時に、担いで病院へ運んで行ってくれたり、私が交通事故で道端で倒れている時に、運よく?通りかかり仲裁に入ってくれたバパだ。







少し前に定年退職をして、事務所で会うことはほとんどなかったけど、娘のように大切にしてくれる大好きなバパ。

街中で会えば、わざわざバイクを止めてくれて挨拶をして。
通勤中に出会えば、ソトを一緒に食べようと誘ってくれたこともあった。



ヒンドゥーのこのバパ。昨日は、断食中でもやってる屋台へ連れていってくれた。しかも豚肉。


豚肉2ヶ月ぶり!





ご飯を食べて、自宅に招かれて昼からビールをふるまわれる。



も、熱帯の中、外で活動していたので頭が痛くて飲めなかった。
何を話すわけでもない、ただ同じ時間を共有するだけ。昔だったら、「なんだろう、この無駄な時間は」と思っていた私だろうが、今ではそんな「どうでもいい」時間が心地いいと感じるようになった。



気づけば4時間近くぐうたらしていて、いよいよ頭が痛すぎたのでおいとまする事に。



バパが「ちょっと待ってて」と、バイクでどっか行ったと思ったら、1キロのロンガン(ライチみたいなお味)と1キロの葡萄を買ってきてくれ、「お土産だ~」と。





わーこんなに食べられないよー。と思うけど、有りがたいなあと全部いただいた。








異動して、活動中に気兼ねなく外に出れるようになった。
配属部署ではみんなが仕事をしているから、一人だけ集中してる、という状況でもなくなった。


それに新しい部署には、前から休日に観光地へ行ったり仲のよかった同僚もいるから、はるかに仕事がしやすい。




今のところ結果いい方向に向かっているなあと実感しています。そんな、最近。





断食もあと2日ー!!!(ほぼやってないけどー!!!)

そしたら9連休の大型連休が待っています。
同期たちがロンボクに来てくれるので、観光隊員、本気の案内をします!



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任地自慢。ロンボク島、こんなトコロ

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先週スマランに行ったことで、一つの活動が完了した。
映像制作でインドネシアに来ているSVの方と協同で、ロンボク島の観光ビデオの作成をした。


参照:【PRビデオ撮影終了】・・・


自然の力だけで(アナウンスや音楽なし)観光客に魅力を伝えるには?という大枠のテーマで、構成、撮影は学生に任せた。


そのビデオができたんだけれど、20分という大作ができなかなかアップできないので、番外編、音楽付き5分のショートムービーをこちらでご紹介。






音楽と、ロンボク特有のキレイな道と、素晴らしい写真のお蔭で、やたらオシャンな映像に。




写真はロンボクに在住の日本人の方に、趣旨を説明しご協力をいただいたロンボクの風景。




最初から度々出てくるキレイな道は、ロンボク島の首都から空港をつなぐ新しい道。これ撮影したのは実は私。記録用に車の助手席で、ずーっと撮っていたものがまさか採用された。





ただキレイさだけではなくて、ロンボクの荒っぽい自然を入れてほしいと、GoProで撮影したドライブショットをあえて入れてもらった。



いやー。ほんまにいいトコロ。
残り時間切っているけれど、遊びに来てくれたらいつでもご案内しますよー

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【再スタート。】残り4か月を前に、部署異動。

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今週。あっという間に一週間が終わった。



火曜日の朝8時、調整員さんと局長との打ち合わせをもって、その日中に私は部署異動をした。心身的にも、物理的にもこれ以上マーケティング部内で、仕事ができる状況だと思えなかったから。





「今まで(私に対して)注意が足りてなくて申しわけなかった。みずが知っている通り、マーケティング部は人事異動などで仕事をできる状況ではなかったと思う。」




そうやって局長から言われた瞬間に、すべてが報われた気がした。





打ち合わせが終わった後、マーケティング部に荷物を取りに行き、新しい部署へ。






雰囲気が全く違いすぎて、この一週間様子を見るだけでいっぱいいっぱい。


15人から6人になった部署では、元いた部署の一個上に位置する「プログラム」というところで、配属先の全体を見れるけど、全員がパソコンに向かってずっと仕事をしている。




「みず、この書類1部コピーして!」と言われ、コピーして渡したら

「違う、全部を1枚ずつ!」と言われ、分厚い冊子をコピーして昨日は終わった。


人数が少ない分、コミュニケーション取りやすい。ただ狭い部屋にエアコン2台あってめっちゃ寒い。



残り4か月を切る隊員が、あえて部署異動してコピーやホッチキス止めして1日が終わるなんて。





今日トイレに行くついでに前の部署に顔を出したら、2-3日しか会ってなかっただけなのに「みずー!」と同僚たちが温かく出迎えてくれた。その一瞬だけでも、とっても癒された。







自分で選んだ方法だ。



仲のいい同僚たちにお別れを言って、少しでも同じ方向を向いて活動をしたいと、新しい部署へ移った。

マーケに顔を出せば、そりゃ大好きな仲間たちがいるから甘えちゃいそうだけど。ちょっとだけそうなる自分を許して、今いるところで頑張ろう。







この3日間で今後の活動計画を同僚と作った。今まではそれも一人でやらなければいけなかったから、こうやって話し合いができてることだけでも有り難い。





そして今まで自分が「これをやりたい!」と言っていた活動は、今回は出さなかった。散々もう一人でやってきたから。


配属先が私に対して「こうしてほしい」と希望を出してくれたことだけに専念するつもり。








しんどかった。本当に。
調整員さんと局長と打ち合わせを終え、部署異動をした後。すぐに熱が出た。その日は早退した。



それくらい、自分でも本気になって考えて、悩んで、答えを導き出そうともがいて。それが一つの「部署異動とカウンターパートの変更」という着地をした。


新しいところでなれるまで、大変さはあるけれど、気持ちはだいぶ楽になった。たとえ残りが数カ月しか残っていなくても、できることをここの人達とやろうって、今はちょっと晴れた気分。





残り126日、コピーを頼まれようが、書類作成を頼まれようが。インドネシア人と一緒に仕事をして、寄り添えるんだったら。仕事は選ばない。できることはすべてやる。ここから、再スタート。




そういえば同期にがこんな事を言ってくれた。



「私、泣いたら前向けるかなー」


「前だけが世界じゃないよ。地球は全方位に広がってる」



前向かなきゃ、頑張らなきゃて思ってた私に、前だけが世界じゃないんだって教えてくれた。(これ許可とってないから怒られたら消そう・・・)




そんなこんな、な一週間でした。
ずっと、「酒のチカラは借りるまい!」と少々病んでいた時にあえて飲まなかったので、今日は自宅でゆっくり梅酒でも飲もうと思うております。



ということで出口の見えなかった6月、ようやく晴れ間が見えてきました。いつも読んで励まして、応援をしてくださるかたがた。ありがとう。



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【任期130日】ロンボクが好き。

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インドネシアに来て、今日でちょうど600日たった。あと残りは130日。



土曜日に出張から帰ってきた。スマランという東ジャワにある学校で、映像編集が主な活動。



できあがった映像は、いつかここで公開できるようにやってみます。






ホテルと学校の往復で、少しも観光できる時間もなく終わったスマラン滞在中に、調整員さんから部署異動・カウンターパート変更に関する連絡があった。



私が希望していたようなやり方はできないから、と書いてあった代案に。「それじゃあ何も変わらない」と、悔しくなってホテルで泣いた。







残りの130日を目前に、6月からかれこれ3週間。
こんなに苦しいことが起こるなんて、1ミリだって想像できなかった。

今までずーっとその変わらない配属先で、楽しみながらも耐えてきて。ただ信頼しようとしていたCPが突然変わったことで、自分の中でも我慢できないくらい限界を迎えてしまった。







ブログでこうやって外に発信して、今回の件で個別で連絡をもらうことがあって。そのたびに励まされてる。聞いてくれる人がいて、励ましてくれる人がいて。
そういう人たちのお蔭で、「もう頑張らなくていい」って自分の中でようやく思えた。



何をしたらこの状況が好転するのか分からない。だから我武者羅に残された道を一つ一つつぶしていくしかなくて。
急きょ明日、配属先に来てくれることになった調整員さんと、局長のディスカッションを最後の頑張りにしようと思っている。





要請を出した当初のスタッフが誰もいない配属先で、明日のMTGでもし「いらない」と言われたら。
無理しているつもりはない。もう帰ろうと思う。







この6月、私は活動をしていない。

自分が今まで「こうしていきたい」という活動が、配属先にとって必要だとはもう思えないから。ロンボクの人にとって必要なことでも、私が赴任している配属先からの許可が出ない以上、動けないから。

ロンボクの人にとって「必要だろう」と思っていた学校巡回の活動も、自ら頑張らないことにした。





こういう決断だって、苦しい。寂しい。ここに来て「やりたい活動」を手放していかなければいけないのは、悔しい。




でも明日の打ち合わせでもし、配属先からの要望があるようだったら、そこに100%の想いをつぎ込んで全うしようと思う。












私はロンボクが好きだ。











生命力に溢れた自然。

平地で水平線が見えるロンボク。
キラキラした緑の葉っぱ。

田んぼにヤシの木が無造作に生えていたり。
管理されすぎていない自然が好きだ。

雑で、荒くて、大雑把なここが好き。



ここに来なければ出会わなかった人や景色。それだけでここで生活した意味があったって思える。だからもう無理はしない。

成り行きに任せる。それでいいじゃないか。そんなことを考えている今。





晴れるかな。
いつか。
このしんどさ、晴れるといいな。


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【98%だけ信頼することにした】

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最近寝つきが浅い。朝3時の大アナウンス「サフール」おじさんに、起こされる。




サフールおじさん。(勝手にそう呼んでいる)





ラマダン期間中は、朝日が昇る5時半までに朝ごはんをとらなければいけない。その朝ごはんのことをサフールというのだけれど、ご丁寧に3時になったらモスクのアナウンスでサフールおじさんが住民を起こしてくれるのだ。






サフールサフールサフールサフール!!!!!



朝方3時にこれが10分くらい続く。



最近はそんなサフールの夢を見るようになった。




夢の中では、なぜかサフールタフー(豆腐)になって、脳内にこだます。



ターフーターフーターフー!!!!







辛い。










最近amazonで目にとまった本があった。

渡辺和子さんの『置かれた場所で咲きなさい』。
日本のテレビ番組で有名になった本のようだけど、全く知らなかった。「いまさら!?」とか思わないでね。





昨日一気に読んで、一番印象に残った言葉がこれ。

『信頼は98%。あとの2%は相手が間違った時の許しのために取っておく。
‐この世に完璧な人間などいない。心に2%のゆとりがあれば、相手の間違いを許すことができる‐




 100%信じようって、がむしゃらになって。CPが意図しない形で変わって。やるせなさ、怒り。そんで落ち込んで、立ち直れなくて。


なんでも100%以上に頑張ろうとしてしまう必要はなくて。その2%の余裕が相手のためになるんだって、妙に腹落ちした言葉でした。





その後の出来事。


ずっと長いこと仕事してきた仲の良い同僚が、インターンで来た学生に対して


インターン生「あのお姉さんは誰ですか?」


同僚「あぁ、みずは日本から来てる Magang(研修生、訓練生とか)だよ。」





えぇぇぇ、研修生って・・・





いつもなら「なんで今更!」とか「今まで一緒に仕事してきたじゃん!」とか思ってしまうところだったけど。




その2%の余裕のことを思い出して



あぁ、ここで『違う、私はマガンじゃない!』と言っても、同僚へのメリットは何もないな。私が「研修生」だと思われたくないがためのモヤっとだったな。





と、いつもよりすこーーーーーしだけ、冷静になれたりした。






協力隊ってこんなのばっかだ。

このフレーズは、「相手の間違いを許す」と書いてあるけど。協力隊の場合、相手の間違いではない。国が違って、価値観も全く違う中で、それは考えの違い




そんな中で隊員たちは戦って、もがいて。頑張っているわけだ。



だから少しくらいはこういう考え方で、自分の中でよりどころを作るといいかもなー、なんて思いました。




最近の断食に関するおまけ。↓

お腹すいたなあ〜って呟きを聞いてたイブが、こっそり手の中に押し込んでくれたクッキー2枚とお水。

嬉しい。ありがとうイブ。
でも結局食べる場所がなくて、家に帰って食べた。


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【断食明けの食事会】16部屋の大家族。

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お腹すいたよー。
いつも食べる時間にご飯食べれないと、お腹すくよー。









昨日の夜部屋にいたら大家さんがやってきて、「Buka Puasa(一日の断食終わり)を一緒に食べよう」とご招待をいただけたので、17:30に大家さん宅へ。







私が住んでいるアパートは、2階建ての16部屋。近所でも割と大きなアパートで、熱心なムスリムの大家さん。






部屋に不調があると、嫌な顔せずすぐに来てくれて。


雨漏れの修理や、ネズミに食べられた排水溝の修復や、扉があかなくなるというトラブルもすぐに直してくれる。本業はお医者さん。だからすごくお金持ち。





昨日はアパートに住んでいる住民を全員招待したみたいで、初めて見た顔の子もいたりで。とても楽しい食事会になった。






まず夕日が沈んだ18:07に一日の断食終わりのアザーンが鳴り出し、水を飲む。



血糖値を上げるためなのか、甘~いジュースと、バナナと芋をココナッツで煮込んだスープのようなものを。

黒いのは干しデーツ。


落ち着いてからみんなはお祈りへ出かける。




ムスリム以外は、目の前のご馳走を前にただ待つ。




18:40頃にみんなが揃ったところで、男性から食事をとる。

最後に女性。




座る場所も男女で別れる。
男性陣
女性陣



食事はというと、久しく豪華な食事!本当においしかった。

上から時計周りに。
魚の頭を揚げたイカンゴレン
野菜スープ
湯で野菜をココナッツとピーナッツソースで和えたプチェル
魚とココナッツと唐辛子を練ったつくねみたいなサテイカン
キュウリの酢漬け アチャール
庭で取れたマンゴーを唐辛子とトマトで和えたルジャック







イスラムでは、こうやって食べ物を分け与えることをすごく大切にする。配属先でも、一人で勝手に何か食べると、絶対に突っ込まれる。



「Mizu, makan sendiri!(一人で食べてる!)」



最初はなんでそうやって言われるのか分からなかったけど、こっちの風習は「みんなで食べること」を重要視するよう。






だから一人で食べる時も、絶対に周りへの声がけが必要。



「Ayo, makan yuk(ご飯食べよう~)」


形だけでも周りを誘うコトが大切だと、インドネシア人を観察して気づきました。






はあ、お腹空いた・・・
大家さんのバパ、イブと。



ちょっとずつ、気分は回復中。

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【小さな希望を頼りに】療養期間。

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面食らってますブログ、早1週間。



6月も、もう10日。



6月2日のJICA訪問のアポリスケ。からの、CP異動。




からの新しいCP(になるだろう人)がやってきて。同僚いわく、上とのコネで部長職にあがった人。





しんどい10日間だったな。『だった』というか、今回珍しく全然前向けない私なので、今後もそれが続きそう。





今までは同期に話して、友達に聞いてもらったりして、ブログに書いていたら、自分の悪かった点を明日から直そう、って思えた。






でも今回はもう無理なんじゃないかなとすら思える。

この1週間、2日間だけ配属先に入り。午前中だけ顔を出して、自宅で寝てる。


この状態で断食したら、もういよいよやばい気がするし。こういう時って不思議と寝れる。








「帰る」という選択肢もやっぱり考える。でも半分は、ここまで来たら最後までやり遂げたい気持ちが強くて。だったらこの状況を「なんとかしなきゃいけない」。





そう思って、少しづつ行動に起こしてみる。





JICAに対して、配属先内で部署異動と、カウンターパートを変更してもらうように依頼してみている。実はこれ、今年2月に依頼していたんだけど、意外と嫉妬深いインドネシア人、「デリケートな問題だから」と見送られていた。






でもさすがに、もうこれ以上ここの部署で、何かができるとは思えない。1年7か月、お世話になった、大好きな同僚たちとお別れを。自分なりの大きな決断。




今協議を進めてもらっている。返答がもらえるまで、しばらく配属先は休むことにした。











「怒ってはいけない」と言われる。
アジアの国で怒っても、何もならないから。



でも私が思っていることを、たとえそれが愚痴だったとしても「伝える」ことは、必要だと思ってる。







ずっと仲のよかった別部署の同僚に、SMSで声をかけてみた。ヒンドゥー教の彼は、断食中でもこっそりオープンしている食堂に連れていってくれた。






アグスさん「どうしたのみずさん、問題は何?ボスが辞めた話し?」


「そう。これで2回目よ。私あと4か月しか残ってないのよ。今ままで局長からのサインがもらえなくて、配属先からの承認がもらえなかったの、前のボスと局長の間で問題があったからって。私はどうしたらよかったのよ。」




アグスさん「そうだね。みずさんの要請を出したのは、僕と前の局長だったんだ。その時の局長と、当時のマーケティング部にいた部長は本当によかったんだ。今は問題が多すぎる。」






アグスさん「Mizu san, Sabar ya...」
みずさん、辛抱してね




サバール、サバール、サバール。。。


もう一体何回「サバール」(忍耐強くとか、耐えるていう意味)と言われ、私はサバールしてきたんだろう。





「アグスさん、申し訳ないけど私はもうサバールできない。今までその環境でずーっとサバールしてきた。でも私はサバールして椅子に座っているだけ。だったら私はここにはもういらないのよ。この職場以外でも活動が許されない、それなのにこの職場で一緒にやろうって、CPや同僚たちが思わなければ、私がここに来た意味はないのよ。」






アグスさん「みずさん、ごめんね。僕も今のマーケティング部の状態には驚いているんだ。みずさんは本当に悪くないよ。」






同僚に謝られる。
むなしくなった。
私は何をやってるんだろう。






ごめんよ。アグスさん。本当にごめん。






そんな私を見かねて、アグスさんは「僕がみずさんのカウンターパートになるよ」と言ってくれた。
ただ彼も周りの同僚からの目を気にして、まだ正式に動けないから。JICAからの判断を待っているところ。




不憫に思ったのか、事務所に帰るなり「企画書」を早速作り、ロンボク空港に日本語の表記をいれるための活動を早速相談してきてくれた。今度はアグスさんから局長へ。これも今判断待ち。






今はその小さな希望を頼りに、自分が残り4か月を乗り越えるためのエネルギーを取り戻している療養期間。
しんどい。今すっごくしんどい。自信がない。ここの人たちの幸せを考えれば、私なんて帰っちゃった方がいいだろうから。

でも、まだアグスさんと一緒に、ロンボクの事を考えることが許されるのなら。もうちょっと大丈夫。ちょっとだけ、休養します。


心配かけてます。連絡くれた方、ありがとう。

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【断食の始まりと新しいボス】

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今日からラマダンが始まりました。





学校が休みになるため、通勤時間のまちは偉く静か。そしていつもの朝ごはんやさんとか、お店がすべて閉まっていて。



去年に続いて、「断食をやらざるを得ない環境」がやってきました。
ケンタッキーとかマックは、シャッター閉まるけど、こっそりオープンしてるから。そっちに逃げちゃうんだろうなぁ、自分。





断食期間は職場が時間短縮。
今日は8時から11時までの勤務時間となるので、あとで街の様子を見にいこう。






前回のブログで触れた通り。
先週カウンターパートが突然やめた。


挨拶もしないまま、事実を本人に聞けないまま。やっぱり逃げるように去っていった。






そして今日新しいボスがやってきた。
と言っても、同じ配属先の違う部署からで、顔は合わせたことがある程度。
朝から彼女の様子を観察する。












まだ新しいボスのことをよく知らないから、悪く言いたくはないけれど。
態度というか、人の印象といのは。1時間もあれば十分。










そして、地図再行に関して一緒に仕事していたイブも、他の職場へ異動に。

「1週間」と言われていた再発行も、かれこれ1か月。
異動の前に、「何が問題なの?」と確認するも。軽くあしらわれる。



「ちょっと待ってて。」と、進捗確認のたびに言われるのは、これで7回目くらいだぞ。





私は一体何を待てばいいの。
あなたから私に話しかけられるのを、待っていればいいの?








さっき「ちょっと待ってて」と言われたばかりだけど。
もう一度詰め寄った。






私「イブ、何が問題?もう1か月も待ってるよ。」

イブ「局長からのサインがないから、まだ発行できないの」


私「・・・・。」



なんでここで局長が出てくるの。
CPと散々話して。OKもらって。
1か月前には、印刷会社を呼んで。たしかに発注した。私も打ち合わせに同席した。

前回は局長の名前なんて一度も出てこなくて。
イブは何度も、印刷会社に連絡した、と言っていて。




もう一度CPを含めて確認をしたくても。そのCPが辞めてしまった今。どうすることもできない。




埒があかない。





今はちょっとダメです。
私自身、まだいろんなことに開き直れていない。
活動に関しても。先週に続き、面食らったまま。立ち直れてない。



今の自分が動こうとしても。たぶん結果よくない方向に進んでしまう。








粘り強く交渉なんて出きるメンタル、今ない。
配属先の新しい環境、人間関係。様子を見ているだけで、精一杯。


どうやって立ち直るんだっけ。甘ったれたこと言ってんなって。怒られちゃうかな






断食明けまでの1か月は。ちょっとペースダウンしよう。
早く来週にならないかな。
出張としてでも、ここを出て。
違う空気を吸いたい。


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【何よりも絶望】3回目の正直。カウンターパートの異動

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昨日。
調整員さんが私の配属先へ来て、ボスと活動について話しをする予定だった。




んで13時。約束の時間。


私の配属先、誰もおらず。もちろんCPさえも。


これ、3回目。アポイントをすっぽかされる。





いつもの事か、と。さすがに慣れた。






そんでね。昨日活動の話しはできずに、今日ですよ。
朝、前回のロンボク撮影の時にお世話になった運転手さん、ジャヤさんが私のところに来て。







ジャヤさん「Mizu san, sudah tahu cerita yg banyak pegawai mau pindah?」
たくさんのスタッフが異動すること知ってる?





「え! Pindah ke mana? Dinas lain? Masa sih!?」
え、どこに?異動って、他の職場てこと?まじで!?!?





いや、話しが突然すぎてそりゃ日本語とインドネシア語のミックスにもなりますわ。







ジャヤさん「Iyalah, dinas lain. pak 〇〇,Ibu〇〇,pak〇〇 juga...」
そうだよ、他の職場。〇〇さんに、〇〇さんも。




ジャヤさん「Banyak pegawai yg baru mau ke sini sebagai pengantian, Jadi Mizu san bisa berteman  yaaaa:)」
その代わりに新しいスタッフが来るから、みずは新しい友達がたくさんできるね!






ジャヤさん、めっちゃ嬉しそう。







ちょ、ちょちょちょちょっと待って。
しれっとスルーしようと思ったけど、頭に引っかかる、ジャヤさんが教えてくれた人の名前。









そこに私のカウンターパートの名前も入っていた。








「え、まじで? Pak fairus juga mau pindah!? Kenapa? Dia masih baru loh?!」
私のボスも異動するの!?なんで?まだ来たばっかりじゃん!







同僚「Kalo di sini, apalagi bulanan juga bisa pindah. Jadi ini biasa.Budaya Indonesia」
ここは、たとえ1か月だけだとしても異動はできるのよ。これは普通、インドネシアの文化よ。









この感じ、2回目。

赴任して1年の時に、突如としてカウンターパートが変わった。
新しいカウンターパートが来て、8か月で、また変わる。


参照:【カウンターパート突然の退職】










CPが異動したのは、やっぱり局長との相性が悪いから。
私が申請書を提出するのも、書類を出してもらうためにも。CP→局長に書類をあげるんだけど。できるだけ局長との接点を持たないように、CPがしていたから。


だからいつまでたっても、私の活動に関する承認が降りなかった。




JICAはそれを解決するために、3回。CPとアポを取って、ジャカルタから来てくれたって言うのに。結果全てすっぽかされた。








なんだよ。どうしようもないじゃんかよ。ふざけんな。あぁダメだ。書いていたら泣けてくる。




「これがインドネシアの文化」と同僚が言ってくれているように。それも理解できる。わかる。私がそこに合わせなきゃいけないんだな、って思わなきゃいけないのもわかる。





早々に配属先を見放さなかった私自身にも。正直、自業自得だなとも思う。



でもさ。あんまりだ




なんで呼んだのよ!それならなんで要請なんか出したのよ!
あなたたちの政治的要因で、活動ができないって。この怒りをどこに向ければいいのよ!

今度こそうまくやろうって、CPは振り向いてくれなくても。私はCPと、配属先と向き合ったつもり。だから、どこかで勝手に。何か少しでも明るい未来が待ってるんじゃないかって。期待しちゃってたんだなー。








色々理解はしてるつもりだ。


「要請なんてないに等しい」ことだって
「私が2年間というショートタームで頑張ろうとしても、現地の人との温度感は違う」とか。
「カウンターパートなんて無視すればいい」ことも、
「配属先のために頑張ってるわけじゃない」ことも。




でも。


なんとか早く吸収して、「こんなこと、もう大したことないじゃん~」って、言いたいけど言えない。





さっきからずっと、その繰り返し。



自分がもっとこうするべきだった。
という自責と。


でも頭のどこかで、ずっと消えない怒りと。


こんな記事書いたら笑われちゃうんだろうな。「こいつ、こんなんばっかやん」。「全然成長してないやん」。自分がそう思う







行ったりきたり。

明日が土日でよかった。このまま1週間、職場に普通に来ることなんて、今の私にはできない。

ちょっと休もう。冷静になろう。
新しいCPが来ることも。もうどうだっていい。
なんでこう、うまく行かないんだろ。


同僚たちの前では、普通でいられるように。
ここだけでも、吐くのを甘えさせてもらいます。
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【オープン当日に行ってみた。】ロンボクに念願のおすし

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6月になりましたね。本当にびっくり。5月の私、息をしていましたか。



今、次の総会をいつにするかで議論が行われていて。不意に私たちの隊次の帰国日を知ってしまったんです。本当に不意打ち。







本来『帰国プログラムの手引き』が送られてくるのは、帰国の3か月ほど前。それが5か月前にして、首都への上京日含め知り、ふぁーーーー!ってなった。






色々加味したら、やっぱりどう考えても10月は活動ができず。9月末をオケツと考えると、7月の長期休暇明けから本格始動しても、残り任期約3か月。




ないよー。時間、ないよー。



そんな事言ってたって、仕方ない。

取りあえず来週に迫った断食月、そして2週間後に迫った出張、そんでもって今日の昼に予定している調整員訪問に備えて用意しないといけないな、まあ相変わらず配属先は誰もいないから、どうしよっかな、またリスケかな、という状況です。








さて本題。断食前にご飯の事、第二弾。


6月1日(水)昨日、1年前に新しくできたEpicentrum Mallにて、ICHIBAN SUSHI がオープン。


もうね、寿司ホリックな私ですよ。家で暇な時は、インスタの検索機能で「ウニ」とか「刺身」とかを調べている私ですよ。
楽しみで仕方なかったわけです。





いちばん寿司、首都のジャカルタなど大きな都市では有名で、ロンボクに出きるという事を知り、オープン当日に、お世話になっている人生の大先輩と、後輩隊員とで行ってきた!




以下、体験レポート。





活動終わり、お店に入ったのは17時。


オープン当日ということなのか?徐々に満席になる店内。
割と繁盛してたよ。


刺身盛り合わせで、930円くらい。サーモン3切れで450円。

定食で700円~870円くらい。

↓その定食↓
色々突っ込みたかったけど、まあまあ味は、「うーん、日本食じゃないけど味はありだよね!」。

これが1,750円くらいした寿司デラックス的な。カニカマ雑すぎる。

穀物酢漬けになっていた、酸っぱいエビ。

普通の醤油と、甘い醤油。




寿司ネタは、サーモン、マグロ、卵(激甘)、とびっこ、タコ。オンリー。
メニューも日本語で書いてあるし、誰かはきっと入っているんだろうけど、日本人向けではない印象。

味は、まあまあ。本当に寿司が食べたいのなら、日本に帰れ!ということでしょうか。でも今なんでもおいしいから。有りがたく、幸せでした。ご馳走さまでした。





約1年前に、日本の創作料理屋であるDESUSHIに行った時のレポート同様、
参考記事:【ロンボク島にある日本食を食べてみる】


総括:

ロンボクにある日本食は、ちょっとよく分からない。

というか、日本食ってなんだっけ。これを日本食として認定すべきか、という。
「日本食以外」として食べたら、普通に食べれる味なんだけどな・・・

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