とある女子のロンボク730日滞在記✴︎

青年海外協力隊 26年2次隊 観光職 インドネシアのロンボク島へ。派遣前から、続けば帰国後までマイペースに更新してきます。

【ロケ記事最終回】久々の日本食が全然日本食じゃなかった。

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ようやくロケが終わった。



ロケシリーズ参照:
No.1:【ロンボクでロケをしようよ】~下準備編~ 
No.2:【吉報】うれしい、うれしい
No.3:【ロンボクでロケをしようよ」】~ロケハン編~
No.4:【撮影始まりました】 ロケ序盤






長かった。
そして本当にいろいろあった。この記事が最後編。






先週。取材班と合流する前日、私は一本の電話を受けた。
相手は先にロケ地にいる知り合い。




相手「みずさん、ロンボクでちょっと変わった日本食があるレストラン知りません?」


私「あぁ~、そういえば昔行った所の寿司メニューにイチゴがのっていたような・・・」

(参照:ロンボクにある日本食を食べてみた) 





相手「今からそこに行って日本食食べてきてもらえませんか?」






「えっ!!!いいんですか!?!?!?」



ロンボクにある唯一の日本食レストランに、調査でどんなメニューがあるのか、好きな物頼んでいいから写真を撮ってきてほしいとの依頼。















相手「ただし、変なやつ」





あっ・・・ですよねー。











デスシは割にマシなメニューもあるから一瞬心が躍った。








ただ、今回はちょっと変わっているメニューを好きなだけというご指示をいただき、早速2度目のデスシへ。






久しぶりの日本食、メニューの『枝豆』とか『サーモン握り を軽くスルーし、早速オーダー。





「すみません、抹茶スプラッシュと、エノキカルフォルニアロールと、たぬき巻きと、メンタイ牛ラーメンと、サーモンカルパッチョの冷たいのと温かいのを」





どきどき。







オマタセシマシター。







どーん!


エノキが・・・(´・ω・`)




まさかのチェリー(´・ω・`)




まじかー。
全然ちげー。ぜんぜん日本食じゃねー。
早速写真を撮りまくり、取材班へ報告。 





そこで、また隣島にいる方から連絡が。




「みずさん、食べ終わったらここに行ってマッサージしてもらってください、ラストオーダーは21:30までです!」 




今度はマッサージ!
L.Oまであんまり時間がなくて、日本食をいただき次なるマッサージ屋さんへ。





早速横になる。





そして突然、耳にろうそくを突っ込まれる



もーえーてーるー






変な日本食の次は、イヤーキャンドルと言われるマッサージを実体験。店内の写真や、詳細、取材可否を取りつけ21:30。急いで次の目的地へ行き、取材可否を取りに。






今回の取材、カメラが回るだけが取材じゃないんだな、と実感。
取材のネタとなるものを探す、コーディネーターと呼ばれるお仕事を初めて体験させていただきました。




それからも、撮影の通訳をしたり
取材班に場所を案内したり
ホテルのチェックインやチェックアウト、
飲み物を調達しに行ったり
アポイントをとりつけたり。
いろんな所に電話をかけまくったり。



毎日睡眠時間は3~4時間、ご飯は1日1食、それが4日ほど続いた。


悔しくて、一人になった時に涙を流すこともあった。
疲れすぎて、何も頭に入らなくなったり、
徹夜でインドネシア語への翻訳作業をしたり。



ロンボク島とスンバワ島がロケ地と決まった9月から約2か月と、取材班が来てからの2週間。


自分でも『あぁ、やりきったな』、と思えるほど頑張って。
こうやって一つの作品を作り上げていくんだと、ちょっと色々感銘。
今回のADさんが、私と同い年だったこともあったし。
夜な夜なホテルで女子トーク?をしたのもいい思い出。



他の活動もしながらの日々だったけれど、
自分の中ではかなり有意義な活動の一つになった。






あ、ちなみに。
私の身体をはった調査は、ネタとして却下されました。

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【どんどん離れていく配属先との心の距離】

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取材が終わって、生活にもいつも通りのルーチンが戻ってきた。ちょっと腰を据えて、12月までにやらなきゃいけないことをまとめる。






やばいよー。
どっから手をつければいいんだよー。




12月は、雑誌業界の次なるコンテンツの企画会議が行われるようで、テレビの次は雑誌に向けて動き始めなければいけない。








ただ今月末はジャカルタに行き
11月も観光の仕事でジャカルタに行き
末は私の家族が来るし
12月上旬は総会でジャカルタ、終わったらすぐに日本に一時帰国。




そんな中、前出張でお世話になった方から個別に連絡をもらい、来月インドネシアでのプロジェクトに通訳として同行してほしいとの依頼。







私は、今の状況を色々どうしていいか分からず、JICAの調整員さんに電話した。









「青年海外協力隊って、井戸を掘るイメージ!!」



私も最初はそう思っていた。 




地元の人達、配属先のインドネシア人たち。一緒に活動をしていきたい、という私の気持ちは裏腹に


私の活動が忙しくなれば忙しくなる程、配属先との距離を感じるようになった。





日本の取材班に同席し、配属先にいる時間が少なくなった。
こうやって腰を落ち着けて、配属先に戻ってくると、
何を言われるわけではない、ただどうしても心の中で壁ができてしまったことは、見てみぬふりはもうできない。 





国際協力の主役は、地元の人達。





わかっているから、このどうしようもない状況に肩を落とす。





私「どうしたらいいのか分からないんです。職場との心の距離が、どんどん空いてしまっています。これから12月末まで、私の活動スケジュールは、一人でできてしまうことばかりです。残りの1年、私はこのままでいいんでしょうか」







 調「みずさんがやっていることは、決して意味のないことではないですよ。」 










協力隊に参加して、前の職場環境と大きく変わったことは、『上司がいなくなった』こと。




働いている時は、自分が担当しているクライアントとはいえ、すぐに上司に相談をすることができた。
「ちょっと一服しませんか」と言って、一緒に喫煙ルームに行き、上司がタバコを吸っている間に、意見を聞けた。





ただ、今は違う。すべて自分で軌道修正も、振り返りも今後のことも、基本的には自分でやらなければいけない。


だから、時々自信がなくなる。


自分がこうだ!と思ってることが、実は違ったら。








毎日、なんとなく過ぎていく日々の中で、小さな選択を繰り返す。


起きてから、寝るまで


何を着るか
朝は何を食べる
何時に起きる
今日の交通手段はこれ。

尋ねられた時、こう言う
今日の仕事はここまで
今日は何時に寝る




毎日、小さな小さな選択を少しずつしていて
それはもう生きてきた期間の積み重ねであって

その小さな積み重ねが、今の自分になってる。



間違いなんてない
それを選択したのが私という人間だから。
でも自分だけの幸せじゃなくて
一人でも多くの人が幸せになる方を選択していきたいと思う。



私のばあちゃんが、ママに言って聞かせたコト。
ママと電話をすると、そうやって私を励ましてくれる。






多忙と、先輩の任短で今月はちょっと元気がなかったけど。
調整員さんとの電話でなんかちょっと復活した。




よし。


頑張ろう。


じゃなくて、


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【先輩、突然の任短】2年間の活動を全うすること

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この1、2週間。
忙殺の極みだった。




だからこそ、その期間中に突然一番仲のいい先輩の任短が決まっても。
私はいつまでたっても実感がなかった。


先輩というより、同期だと思っていた。色々あって、ロンボクに赴任した日が一緒だったから。





ロンボク島へは、私たちが赴任してから後輩隊員が入ってくるのに時間があいて、しばらく隊員は、海さん(アラビア語のあだ名)と私の二人だけ。




だからこそ、
よくお泊りもしたし、
しょっちゅうサーフィンもしてたし
富士山級の山にも二人で登りに行った。


二人で一緒にやったことなんて、ここじゃ書ききれないし、
海さんの職種から、海さんの考え方から、たっくさんのことを考えたし、影響を受けた。






海さんがしんどそうなのは、私も知っていた。






任短理由はかつて私が考えたコトと同じ。いろんな理由があって、活動ができない。








そんな海さんから電話がかかってきたのは、私がロンボクでロケハンをしている最中。

電話はよくしていたけど、なんだか様子がおかしくて、


「海さん、どうしたの」と聞いたら、海さんは泣き出してしまった。





話しを聞いて、私はその場で何も言ってあげられることができない。





海さんがこれ以上配属先で活動ができるとは、もう思えなかったから。
だからと言って、私は「日本に帰ろう」とも言えなかった。







任短が正式に決まったのは、その電話がかかってきた3日後。




JICAに話した海さんは、その後土日を挟んで5日後に、日本へ帰ることになった。







任短は、思ったよりあっという間で
思ったよりあっけなくて
でも、思ったより残された身はずっと心に引っかかってしまうんだってことが分かった。





帰国日がたまたま出張で隣島にいく前日で、私は急きょロンボク空港に見送りに行った。


ありのままを書いたつもりの手紙を渡したら、


身体が「なんかいつもと違うぞ」ってなって
やっぱり涙が出てしまう。



どうしようもない気持ちになった。







幸いにも、任短が決まった海さんの顔は明るく、晴れ晴れしく、嬉しそうだった。








空港から帰る途中のタクシーで、「2年間の活動を全うできること」が当たり前じゃあないんだって感じる。







最近のバングラで起こった邦人殺害で、イスラムであるインドネシアでも安全対策の連絡が頻繁に入る。



安全対策上で、ブログ内で記載してはいけないキーワードや内容も、指定されている。







チュニジアの同じ生活班だった同期は、治安の理由で1年で任国が変更になった。





ブルキナの協力隊の友達も、1か月ほど情勢不安で避難していたそう。








私は今でも、交通事故を起こした時に、同期に言われたことが忘れられない。


「生きて日本に帰ろうね」







協力隊の活動ってなんなんだろうな、って思う。

自分の意思であれ、そうじゃなかれ、任短をして2年間を全うできない人が、私の周りにもたくさんいる。










私も一時期、任短について悩んだことがある。
【幸せだけど、これでいいんだろうか】任期短縮ということを考えてみる






私がそれを乗り越えて、踏みとどまったのは、それでもまだ出きることがあると思ったから。




でも、身体も心も健康で「日本に帰る」という最大のミッションを達成しなければいけない私たちにとって任短は、ネガティブなことじゃあない。
周りの目なんて気にせず、「帰る」ことを一番に、自分が納得できればそれでいいんだ。









身近な人が任短になって、今一瞬を、もっと大切にしないといけないと痛感する。




もうすぐ1年。
そう思わせてくれるには、十分すぎる出来事だった。




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【撮影始まりました】そりゃ一筋縄にはいかないか

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約半年以上の期間を経て、ついに私の配属先管轄であるロンボク島、スンバワ島でのロケが始まりました。


ロケシリーズ参照:
No.1:【ロンボクでロケをしようよ】~下準備編~ 
No.2:【吉報】うれしい、うれしい
No.3:【ロンボクでロケをしようよ」】~ロケハン編~




昨日その初日を終え、長期にわたるロケが幕をあけた。




ただ、すったもんでインドネシアでの撮影なぞ、想像はできていたけどトラブルの連続。 その一部をご紹介。






朝配属先には入らず、ロケ地周辺で待機。すると、取材班を迎えに行っていた方から電話が入り、『インドネシアの同僚を5名程用意してくれないか』とのこと。 







急いでカウンターパートに連絡。 
つながらず。



副カウンターパートに電話。
み「5名の同僚を集めることができますか?」

アグさん「えぇ、、私は部下を持っていないのでできません。アリさん(CP)に聞いてください」
あからさまに嫌そう。

み「さっき電話したけど出ませんでした。今アリさんは事務所にいますか?」

アグさん「確認しますね。」


電話切る。





するとすぐにSMS。

アグさん「アリさんは病気で、事務所には入っていませんでした・・・」



うーん、、、そこで解決策がほしかったんだけどな・・・



み「どうしたらいいですか?」


アグさん「どうしたらいいですかね・・・」


み「今日はインターンの学生は事務所にいますか?」


アグさん「学生に聞いたら、撮影地が遠いので行きたくないそうです。他の同僚たちも、遠いからいやだと言っていて、私も混乱しています。」







ハナシ全然進まねー。



いやしかし、おかしいぞ。
ロケ地はさほど遠くないし、仕事がない学生らは、事務所のソファで寝て時間をつぶしているっていうのに、「遠いから行きたくない」なんて、そんな腹の立つ学生インターンがあるか!!!!




私はもう少し突っ込む。

み「交通費はこっちで負担するので、タクシーのっていいと伝えてください。」


アグさん「でも、事務所に人がいないんです。。とても静かです。誰に言えばいいんですか。私はもう分かりませんよ」
アグさん自暴自棄になる。






これ、聞いてないな。



結局私は配属先へと向かう。


アグさんの顔を見たら、イライラが伝わってしまう気がしたので、アグさんの部屋をいったんスルーして自分の部屋へ。



いるいるー。学生も暇そうだし、他の同僚たちもふつうにいるー。

その場で同僚を5名確保し、(やっぱり何の問題もなくOKだった。協力してくれることになった。)アグさんの所へ行き、



「さっきはどうもありがとう、5名集まったからもう心配ないよ」とだけ伝え、それでもなんだかモヤモヤしたので、アグさんも連帯責任で撮影現場に連れていくことに。







いざ撮影が始まると、彼らは土壇場で力を発揮し、なんとかなっちゃうんだから驚く。


撮影前にスコールが降って、村の人達がバナナの葉っぱで傘を作ってくれた
パノラマ撮影した、雨上がりの虹と虹色の傘。よく見ると180度の虹が二重になってる!




1日目は色々ありつつ無事に終了。私はしばらくロンボクで調査を進めますが、来週から単身で隣島に渡り、取材班と合流します。後半は通訳とコーディネーターを一人でこなす予定です。




とりあえず何事もなく終わりますように。

また、続編、書きます。


たぶん。



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ロケシリーズ参照:
No.1:【ロンボクでロケをしようよ】~下準備編~ 
No.2:【吉報】うれしい、うれしい
No.3:【ロンボクでロケをしようよ」】~ロケハン編~

 

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【これは本当に協力隊の生活か!?】海の前の家に住む。

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大潮で波が小さかったこの前の休日。うみさんとファンサーフ
ヨロヨロだけど笑 すっかりはまってしまったサーフィン




いつもサーフィンに連れて行ってくれるとてもよくしてくださる方が、日本へ一時帰国をされるとのことで。




犬1匹と、ネコ6匹と人間1人の共同生活が始まった。




海から徒歩3分のロケーションにある家は、

湯舟があって
お湯が出て
洗濯機も
掃除機も
電子レンジもあって。
家に窓がたくさんついていて
NHKもついてる
インターネットも使いたい放題
住宅エリアで入口には守衛さんがいるので安心
そして何より静か


その方が「冷蔵庫にあるもの勝手に食べていいから」とのことで
久々の豚肉に、日本の調味料類。

チーズケーキにハーゲンダッツ。

はあぁぁぁ。。。。。







これは本当に協力隊の生活なのか!?と、毎日目を疑う光景です。





朝5時に起きて、
犬と猫のトイレを取り
エサをあげ

洗濯をし(スイッチ一つ!)
掃除機をかける。(掃除機すごい!)


うーん、なんと非日常。




大通りに出るまでに、住んでいる外国人のおっちゃんたちに挨拶をし
7時に家を出て配属先へ。



調査やなんやかんやあって、帰ると20時頃。

ネコと犬にエサをやって
お風呂の掃除
湯舟に浸かって
コーヒーをいれ
ロッキングチェアーに揺られながら
ボサノバなんかをBGMに


今日も1日が終わるなあ、なんて
庭に咲いているハイビスカスや、プルメリアなどのトロピカルな花たちを鑑賞して

眠りにつく。







これだよー。これこれ。
南の島の生活と言ったら、こうでしょうー。




老後はこんな生活、いいなー。
海の前の家に住むのが夢。
いろんな人を自宅に招いて。
ホームパーティーなんかしちゃって。




ただ残念ながら、2週間弱のはかない夢。
この生活が終わったら、ネズミが這うワンルームの家に戻り
水シャワーな生活が待っている。




いや、これでいいんだ。
そんな生活も、嫌いじゃない。





さぁ、ロケハン大詰め!



いよいよ日本から取材班がいらっしゃいます。
長期にわたる撮影。
気合いいれよう。



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