【病気のたびに強くなるマインド】今回は感染症。
今週の私的、一週間。
月曜 祝日
火曜 私の配属先が主催するイベントに参加
州知事の前で、着物を来て挨拶。カメラがすごくて有名人になった気分。
翌日の新聞に載ってた。「伝統衣装Kimonoを着た日本代表」
水曜
みんなイベントで疲れてしまい、事務所誰もいない +ネットつながらない
私はひたすら書類を作る
帰りに同僚が買ってくれた、湯でサラダを食べる。
木曜
朝 ちょっと胃が痛い。出勤時間まで横になる
とりあえず出勤。
副CPが、ずっと事務所にいるのはかわいそうだからと、
9時から16時まで、高級ホテルで開催されるsia-sia会議に出席。
sia-siaって、インドネシア語で「意味がない」とか「無駄な」とか。
私は外国人だから、って一番前の重要席に案内されて、くっそ寒い会場の中「ロンボクの観光地の安全性」についての講演を聞く。
本当相変わらず突っ込みどころ満載で、聞いているだけで疲れるインドネシアの会議。
これ、普通に公演中なのに誰も聞いてない。右に2名、きちんと耳を傾けているっぽい人がいるのみ
私は、隣に座っていた別部署の部長と、「本当にシアシアな会議ね」なんて言いながら、どこがいけないのかという内容でずっとディスカッションをしていた。
(この部長もシアシアだと思っている一人)
お昼の時間になって、やっぱり胃が痛くてご飯が食べれない。
なんだか体調が悪い。
副CPに断わって、早退させてもらうことにした。いつも送っていくよ!としつこいくらいの同僚が、今日は涙が出そうなくらい有りがたく感じる。
家に帰るなり、一気に寒気と節々が痛くなる。
あれ、これ熱出るんじゃないの?と、倒れる前に卵やポカリなどを買いに出かける。
部屋に戻ると、熱が出始め、胃がもんもんとしていてだるい。しんどい。寒いけど暑い。
とりあえず心細い。
日本から持ってきていた薬を広げて、
風邪?初期症状だから葛根湯?
悪寒がひどいから、アセトアミノフェン入りの総合風邪薬?
あ、でも急に熱あがったしデングの可能性もなくはない?じゃ、風邪薬はだめか
でも胃痛から発熱してる気がするから胃薬かな
お腹もゆるいから、腸整剤?
なんて、一人考え事をする。
結局私は、ジャカルタオフィスの健康管理委員さんに電話。
症状をすべて伝えると、すぐに
「パナドール(こっちの薬)を飲んで休んでください。たぶん、食べ物から●●という感染症にかかっています。」
あぁ、同僚が買ってくれた湯でサラダかな・・・
そんなことでパナドールを飲んですっかり回復し、今日は自宅からお仕事をしています。
赴任してから10か月、
貧血で倒れ、 胃腸炎になり、膀胱炎にもなったし、何回も高熱に悩み、咳が止まらなくなり、事故って。
今回は感染症。
最初こそ、調子が悪い自分に対して、謎の嫌悪感があったし
「なんで?」と自分を責めていたけれど。
こればっかりは、もうしゃーないな。
水も、衛生状況も、気温も環境もすべて違うんだもの。日本と同じコントロールをしても、きかない。
でもよりによって、こんなエンジンかかった忙しい時にならなくてもいいんでないの、感染症さん。
逆、ね。
こんな時こそ、少しリラックスして仕事しんしゃい、ゆーことですね
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月曜 祝日
火曜 私の配属先が主催するイベントに参加
州知事の前で、着物を来て挨拶。カメラがすごくて有名人になった気分。
翌日の新聞に載ってた。「伝統衣装Kimonoを着た日本代表」
水曜
みんなイベントで疲れてしまい、事務所誰もいない +ネットつながらない
私はひたすら書類を作る
帰りに同僚が買ってくれた、湯でサラダを食べる。
木曜
朝 ちょっと胃が痛い。出勤時間まで横になる
とりあえず出勤。
副CPが、ずっと事務所にいるのはかわいそうだからと、
9時から16時まで、高級ホテルで開催されるsia-sia会議に出席。
sia-siaって、インドネシア語で「意味がない」とか「無駄な」とか。
私は外国人だから、って一番前の重要席に案内されて、くっそ寒い会場の中「ロンボクの観光地の安全性」についての講演を聞く。
本当相変わらず突っ込みどころ満載で、聞いているだけで疲れるインドネシアの会議。
これ、普通に公演中なのに誰も聞いてない。右に2名、きちんと耳を傾けているっぽい人がいるのみ
私は、隣に座っていた別部署の部長と、「本当にシアシアな会議ね」なんて言いながら、どこがいけないのかという内容でずっとディスカッションをしていた。
(この部長もシアシアだと思っている一人)
お昼の時間になって、やっぱり胃が痛くてご飯が食べれない。
なんだか体調が悪い。
副CPに断わって、早退させてもらうことにした。いつも送っていくよ!としつこいくらいの同僚が、今日は涙が出そうなくらい有りがたく感じる。
家に帰るなり、一気に寒気と節々が痛くなる。
あれ、これ熱出るんじゃないの?と、倒れる前に卵やポカリなどを買いに出かける。
部屋に戻ると、熱が出始め、胃がもんもんとしていてだるい。しんどい。寒いけど暑い。
とりあえず心細い。
日本から持ってきていた薬を広げて、
風邪?初期症状だから葛根湯?
悪寒がひどいから、アセトアミノフェン入りの総合風邪薬?
あ、でも急に熱あがったしデングの可能性もなくはない?じゃ、風邪薬はだめか
でも胃痛から発熱してる気がするから胃薬かな
お腹もゆるいから、腸整剤?
なんて、一人考え事をする。
結局私は、ジャカルタオフィスの健康管理委員さんに電話。
症状をすべて伝えると、すぐに
「パナドール(こっちの薬)を飲んで休んでください。たぶん、食べ物から●●という感染症にかかっています。」
あぁ、同僚が買ってくれた湯でサラダかな・・・
そんなことでパナドールを飲んですっかり回復し、今日は自宅からお仕事をしています。
赴任してから10か月、
貧血で倒れ、 胃腸炎になり、膀胱炎にもなったし、何回も高熱に悩み、咳が止まらなくなり、事故って。
今回は感染症。
最初こそ、調子が悪い自分に対して、謎の嫌悪感があったし
「なんで?」と自分を責めていたけれど。
こればっかりは、もうしゃーないな。
水も、衛生状況も、気温も環境もすべて違うんだもの。日本と同じコントロールをしても、きかない。
でもよりによって、こんなエンジンかかった忙しい時にならなくてもいいんでないの、感染症さん。
逆、ね。
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【休日の過ごし方】海外で新しく始めた趣味
インドネシアは、8月17日が独立記念日となり土日含め3連休。
8月に入ってずーっとバタバタしていたので、いきなりボン!と休みになると何をしていいのか分からない。
ジムの更新もすっぽかしちゃったし。自炊をする気分もノラナイし。なんだかなあという感じ。
こっちに出てきて、趣味特技をいうのなら
趣味:要因分析
特技:パワーポイント
かなあ、なんて思うけど。すごい地味なのはおいておいて。
ようやくここに仲間入りしたのが【サーフィン】だ。
サーフィン。日本にいた時から、ずーっとやりたいと思っていたことの一つ。
会社勤めをしていた時、私の憧れだった仕事のできる姉さんがいた。
色黒の肌、すっきりと引き締まったボディ。
当時働いていたオフィスビルは、都内にある超高層ビル。その一階フロアで、ピンヒールに黒いタイトワンピース、姿勢のいい姉さんがコーヒーを片手にエレベーターに向かう姿を、お昼にでかけようと思っていた私は釘づけになってしまった。
たまたま女子トイレでその姉さんがいたので、つい話しかけた。
そこから仲良くなり、ランチを一緒に行ったり、私が会社を辞め、協力隊に出発する前もお祝いで食事に連れて行ってくれた。その姉さんがやっていたのがサーフィンだった。
きっかけなんて単純でいいんだ。
ただ日本でやるにはハードルが高いって思っていたし、季節は限られるしで結局一度もできずにロンボクへ赴任。
そしてそのロンボクはというと、ありがたいことに超有名なサーファーズアイランド!
あとはもう、とんとん拍子。
たまたまとある食事会で、私の隣に座っていた日本人男性が、サーフ歴50年の大ベテラン。
その方に連れて行ってもらい、ついにロンボクでサーフィンをする夢が叶った。
最初は押される感覚を味わうために、座ったまま流される。
真ん中が私。2回目で立てるようになった!
私のテイクオフを、大先輩が見守ってくれ、逐一アドバイスをくれる。
「ちょっと波に乗るのが早い」
「押されるまで待つと、バランス崩したとしても落ちないから」
バリで一回やった時は、しゃびしゃびの波で立つことさえできなかったし、何回もぐるんぐるんになって、正直何が楽しいもんか、って思った。
ただロンボクのグルプックは、ポイントまで船で移動するし、波もメローで心地よく初心者からベテランまでが集まるポイントで、本当にやりやすい。
板を載せて、この船でポイントまでいくよ
波にぐーんっ、と押される感覚。
広大な自然と一緒になるって感覚。
海の上に立ち、風を感じる感覚。
真っ黒になることも、今では少しうれしくなっちゃってるし。家でぼけーっとしている今、早くあの波に乗る感覚を味わいたい、と ちょっと禁断症状。むむ、こりゃあかん
グルプックまで行くのに、家から車で片道2時間かかるんだけど。
大先輩にピックしてもらって、また来月、挑戦!
もちろん、有無を言わず活動もうまくテイクオフしないと、ね。
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8月に入ってずーっとバタバタしていたので、いきなりボン!と休みになると何をしていいのか分からない。
ジムの更新もすっぽかしちゃったし。自炊をする気分もノラナイし。なんだかなあという感じ。
こっちに出てきて、趣味特技をいうのなら
趣味:要因分析
特技:パワーポイント
かなあ、なんて思うけど。すごい地味なのはおいておいて。
ようやくここに仲間入りしたのが【サーフィン】だ。
サーフィン。日本にいた時から、ずーっとやりたいと思っていたことの一つ。
会社勤めをしていた時、私の憧れだった仕事のできる姉さんがいた。
色黒の肌、すっきりと引き締まったボディ。
当時働いていたオフィスビルは、都内にある超高層ビル。その一階フロアで、ピンヒールに黒いタイトワンピース、姿勢のいい姉さんがコーヒーを片手にエレベーターに向かう姿を、お昼にでかけようと思っていた私は釘づけになってしまった。
たまたま女子トイレでその姉さんがいたので、つい話しかけた。
そこから仲良くなり、ランチを一緒に行ったり、私が会社を辞め、協力隊に出発する前もお祝いで食事に連れて行ってくれた。その姉さんがやっていたのがサーフィンだった。
きっかけなんて単純でいいんだ。
ただ日本でやるにはハードルが高いって思っていたし、季節は限られるしで結局一度もできずにロンボクへ赴任。
そしてそのロンボクはというと、ありがたいことに超有名なサーファーズアイランド!
あとはもう、とんとん拍子。
たまたまとある食事会で、私の隣に座っていた日本人男性が、サーフ歴50年の大ベテラン。
その方に連れて行ってもらい、ついにロンボクでサーフィンをする夢が叶った。
最初は押される感覚を味わうために、座ったまま流される。
真ん中が私。2回目で立てるようになった!
私のテイクオフを、大先輩が見守ってくれ、逐一アドバイスをくれる。
「ちょっと波に乗るのが早い」
「押されるまで待つと、バランス崩したとしても落ちないから」
バリで一回やった時は、しゃびしゃびの波で立つことさえできなかったし、何回もぐるんぐるんになって、正直何が楽しいもんか、って思った。
ただロンボクのグルプックは、ポイントまで船で移動するし、波もメローで心地よく初心者からベテランまでが集まるポイントで、本当にやりやすい。
板を載せて、この船でポイントまでいくよ
波にぐーんっ、と押される感覚。
広大な自然と一緒になるって感覚。
海の上に立ち、風を感じる感覚。
真っ黒になることも、今では少しうれしくなっちゃってるし。家でぼけーっとしている今、早くあの波に乗る感覚を味わいたい、と ちょっと禁断症状。むむ、こりゃあかん
グルプックまで行くのに、家から車で片道2時間かかるんだけど。
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8/17/2015
趣味
【ついに教育局訪問。】活動の一手になるか?
先週木曜日、ついに活動の一手となるだろう教育局に訪問した。
(きっかけはコチラ:【勇気を持て!チャンスを広げろ!】・・・ )
JICAの調整員さんが、先輩隊員の盗まれたチャリの手配をしていたら遅れてしまう、とのことで、私一人、いざ、教育局。
なんせ、県より大きい州の政府機関とあって、デカイ。
14時くらいだったのに、どこも誰もいない。。
スタッフは100人以上いるらしく、私はアポをとったイブを探しに、一人うろつく。
どこー
日本人が一人、うろうろしているもんだから、スタッフがみんな声をかけてくれる。
イ「誰を探しているの?」
み「●●さんという方です」
イ「今日は家族の用事があるっていって、帰っちゃったよ!」
どこまでもやっぱりインドネシア。 そのアポを取った方は秘書?で、座って待ってて、と待つこと30分。
ついに私は、会議室に通された。
そこにいたのは、見るからにお偉いさまのバパたち5人。内心縮こまるワタシ。
最初はインドネシア語でどこに住んでいるのか、語学はどこで勉強したのかなど世間話を。そしてさらに10分語程で、その封は開かれた。
偉「今日はなんでここに来たのかな?」
私は5人に対し、すべてを話した。
こういうことをしていきたい。ただ、職種が違うため、観光局だと活動を理解してもらいづらく、レターが出せない。なんとか●●学校と、●●学校を訪問できる方法はないか。
偉「・・・かわいそうに。2か月もレターが出ていないだって?それは何かの手違いだろう。分かりました。1つ、あなたのボスは私の友達です。私からその人に協力してもらうように話しましょう。2つめ、レターは教育局から学校に出します。あなたは、学校巡回のスケジュールと、リストを来週までに作ってください。いいですか?」
その話しが終わったあと、調整員さんが遅れて部屋に入ってきてくれた。改めて方向性を話し、無事に着地した。
プロポーサルを作ったり、スケジュールを組んだり忙しくなるけど。足を運んでよかったと思う。
その足で、調整員さんとナショナルスタッフと、私の配属先へ行った。
調「みずのここでの活動はどうですか?」
CP「大変よくやってくれていますよ。特に、えー、あの、写真撮影!みずはよく写真を撮っています。それと、あのー、SNSとか。」
動揺している。それが痛々しい。
調「SNS?Facebookとか?」
CP「そう、FacebookとかTwitterとかで、よくロンボクについてPRしてくれています。みずはとてもよくやっている。」
でっちあげもいいところ。
活動としてFacebookもTwitterも、一切やっていないし、そんな活動は一度も私から相談したことなんてない。
このしょっぱいやり取りを、私は涙をこらえながら聞いていた。
レポート出したり、口頭で相談したり、どうにかCPと接点を持つように心がけていたけど。
調「みず、今の活動の進捗状況を説明してもらってもいいですか?」
私「はい。とある航空会社の東京ブランチと連絡を取り合い、機内誌に掲載してもらえるよう打診をしている所です。各メディアにも連絡を取って、ロンボクについて取り扱ってもらうよう手配しています。 それと、さっき教育局を訪問し、来月から学校の巡回を始めます。」
CP「そうか、それは素晴らしいね!」
私の活動については、そこから掘り下げられることもなく、それで終わってしまった。
調整員さんは、私を守りながら、傷つかないように配属先に対して注意喚起をしてくれた。
J「みずはこの配属先にもうすぐで1年になります。今後一年は、みずの活動が目標にたどり着けるよう、協同してサポートしてください。」
教育局訪問後、私の配属先でそんなことがあっても。
毎日泣きそうなことがあっても。
もうめげるもんか。
「配属先に理解がない」
「カウンターパートとうまくいかない」
「誰も協力してくれない」
人のせいにはもうしない。
迷いながらでもいいから、誰のせいにもせずにじぶんの足で。求めている人達のもとへ足を運ぶんだ。
相変わらず泥臭い自分。はよ落ち着きたい。。。
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JICAの調整員さんが、先輩隊員の盗まれたチャリの手配をしていたら遅れてしまう、とのことで、私一人、いざ、教育局。
なんせ、県より大きい州の政府機関とあって、デカイ。
14時くらいだったのに、どこも誰もいない。。
スタッフは100人以上いるらしく、私はアポをとったイブを探しに、一人うろつく。
どこー
日本人が一人、うろうろしているもんだから、スタッフがみんな声をかけてくれる。
イ「誰を探しているの?」
み「●●さんという方です」
イ「今日は家族の用事があるっていって、帰っちゃったよ!」
どこまでもやっぱりインドネシア。 そのアポを取った方は秘書?で、座って待ってて、と待つこと30分。
ついに私は、会議室に通された。
そこにいたのは、見るからにお偉いさまのバパたち5人。内心縮こまるワタシ。
最初はインドネシア語でどこに住んでいるのか、語学はどこで勉強したのかなど世間話を。そしてさらに10分語程で、その封は開かれた。
偉「今日はなんでここに来たのかな?」
私は5人に対し、すべてを話した。
こういうことをしていきたい。ただ、職種が違うため、観光局だと活動を理解してもらいづらく、レターが出せない。なんとか●●学校と、●●学校を訪問できる方法はないか。
偉「・・・かわいそうに。2か月もレターが出ていないだって?それは何かの手違いだろう。分かりました。1つ、あなたのボスは私の友達です。私からその人に協力してもらうように話しましょう。2つめ、レターは教育局から学校に出します。あなたは、学校巡回のスケジュールと、リストを来週までに作ってください。いいですか?」
その話しが終わったあと、調整員さんが遅れて部屋に入ってきてくれた。改めて方向性を話し、無事に着地した。
プロポーサルを作ったり、スケジュールを組んだり忙しくなるけど。足を運んでよかったと思う。
その足で、調整員さんとナショナルスタッフと、私の配属先へ行った。
調「みずのここでの活動はどうですか?」
CP「大変よくやってくれていますよ。特に、えー、あの、写真撮影!みずはよく写真を撮っています。それと、あのー、SNSとか。」
動揺している。それが痛々しい。
調「SNS?Facebookとか?」
CP「そう、FacebookとかTwitterとかで、よくロンボクについてPRしてくれています。みずはとてもよくやっている。」
でっちあげもいいところ。
活動としてFacebookもTwitterも、一切やっていないし、そんな活動は一度も私から相談したことなんてない。
このしょっぱいやり取りを、私は涙をこらえながら聞いていた。
レポート出したり、口頭で相談したり、どうにかCPと接点を持つように心がけていたけど。
調「みず、今の活動の進捗状況を説明してもらってもいいですか?」
私「はい。とある航空会社の東京ブランチと連絡を取り合い、機内誌に掲載してもらえるよう打診をしている所です。各メディアにも連絡を取って、ロンボクについて取り扱ってもらうよう手配しています。 それと、さっき教育局を訪問し、来月から学校の巡回を始めます。」
CP「そうか、それは素晴らしいね!」
私の活動については、そこから掘り下げられることもなく、それで終わってしまった。
調整員さんは、私を守りながら、傷つかないように配属先に対して注意喚起をしてくれた。
J「みずはこの配属先にもうすぐで1年になります。今後一年は、みずの活動が目標にたどり着けるよう、協同してサポートしてください。」
教育局訪問後、私の配属先でそんなことがあっても。
毎日泣きそうなことがあっても。
もうめげるもんか。
「配属先に理解がない」
「カウンターパートとうまくいかない」
「誰も協力してくれない」
人のせいにはもうしない。
迷いながらでもいいから、誰のせいにもせずにじぶんの足で。求めている人達のもとへ足を運ぶんだ。
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8/15/2015
協力隊活動
【定例掲載】写真でヒトコト!ここが変だよ、ロンボク②
▼危険乗車

そこは乗るところではない。決して
▼掃除中
ぬけない。両手使って引っ張ってもぬけない
▼変ないぬ
顔はドーベルマン?で身体がコーギー。歩くのめっちゃ遅い。弱そう
▼ゴミ処理
とりあえず、燃やせぇぇぇええええ!!!マインド。
▼やる気
シンクロしている二人の表情。なんともいえない感じがステキ。
▼ソウル
ありがとう。
▼ウォーターサーバー
機械を越して、下から水が出てくる。部屋、洪水。
▼私の名前は
何て読むんだろ。ミッズ?
メズル。もはや外人。
このシリーズ、なにげ人気です。これから教育局訪問!さてどうなる!
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8/13/2015
ここが変だよロンボク
【契約更新?】え、そんな選択肢があったのか
今では片道40分の距離を、毎日歩き。
そんな通勤も日常になれば、自分と向き合ったり、活動について軌道修正をしたり。今ではとっても大事な時間。
ただ、最近どうも。
家の前で同僚が待っている。
いや、あたかも偶然風を装って、私を待っている。
最近激化してる、私をだれが家まで送るか戦闘。(あくまで他人事)
事務所から家に帰る時間になると、こぞって
「みず、俺と一緒に帰ろう!」攻撃。
そうやって、気にかけてくれるのは大変うれしいんだけどね。
先週は、我先にとSMSが来るようになった。
「12時のお昼に家に帰る時は、ぼくが送っていくからね」
こっちからも。
そして、今日はまた違う人が家の前に待っているようになった。
なんだ、ここまで来るとちょっと怖い。明日も家の前にいたら、「朝は歩いて通いたいのよ」 ときちんと伝えよう。
事務所は電気代をまだ支払っていなくて。既に1週間。電気、ないよー
昨日JICAから、ビザ更新のメールが配属先に来ていた。
1年経過する前に配属先からのレターが必要だってメール。
語学スキルがどのくらい上達しているか、
どんな活動をしているか
こういうことを、私の職場から提出しなければならない。
そしてそれをみたカウンターパートから、にこんなこと言われた。
CP「JICAからメール来てたけど、契約更新したいんだって?」
『契約更新したいんだって』・・・?
CP追伸「あとでJICAから来たメール転送しておくから見ておいてー」
ちょちょちょちょっと待ってよ・・・なんだよそのコメント。。
それは一般的に置き換えると
「これはりんごですか?」
「はい、今日は天気がいいですね」
っていうくらいすっとんだコメントだよ
あまりに素っ頓狂なコメントに悲しくなり、先輩隊員に電話した。
通常はこれが理想。
「ビザ更新のレターを書くから、この一年の活動について話そう」
『更新したいんだって?』
そんな選択肢があったのかよ
『更新したいんだって?』
そんな選択肢があったのかよ
更新?もとから2年間の契約で来てるんですけど(泣
この観光局は、私が「いさせてくれ」と言うから置いておいてくれるのか。
泣きそうになりながら先輩と話して、
「初代だから」という言葉の重さを再確認した。
2年間という決められた期間でも、一緒に何かに取り組んだり、同じ方向を夢見る事はできないのね。
昨日は頑張ろう!と思えても。
今日はまた、あぁ、って思ったり。
そんなことの繰り返しだ。
・・・はぁ。
相手に勝手に期待を抱いて。
思い通りに行かなかったら、相手のせいにしてイライラしたりする。
でも、勝手に期待をしているのは私。
それがわかってるから余計ぐぐっとくる。
8/10/2015
協力隊活動
【勇気を持て!チャンスを繋げろ!】すれ違いざまの一瞬で未来が決まる。
「すみません!ちょっと少しだけお話しいいですか!! 州観光局でJICAとして派遣されているミズと申します。貴方に少しだけご相談があるんです!!!」
あぁ。相変わらずだ。 相変わらず、一度だって泥だらけになることなく、事が進んだことがあっただろうか。
その時私はずっと、ある一人の様子を伺っていた。
前回のブログで少し触れた、 日本人会の方が誘ってくれたツアーの中日。副知事や州の教育局長、日本からも相応なお偉いさま方が参加される懇親会。
いつも通りの恰好(一応白シャツ、でもスニーカーだった)をしていたら、「その恰好で大丈夫?」 とお声掛けをいただき、久しぶりのフルメイクにバティックを着用しなおし参戦した。
化粧久しぶりだなー・・自分の顔ってこんなだったっけね
私がずっと様子を見ていたのは、ロンボク島の教育局長。 学校訪問をしたかったけど、配属先からは許可の手紙が2か月でなくて。それでも諦めるものかと、その局長に会うために前日からツアーに参加していた。
ただ、重要席ということもあり会場の一番前に、副知事や領事と座っており、どうもこの一般人が近寄れる雰囲気ではない。
それに、会場がおもてなしのイベントを爆音で披露しているもんだから、近づいたとしても話せない。
トイレや、ブッフェで食事をとりにいく時間をずーっと狙っていた。
そして局長が動いた。
やばいやばい、周りの人と挨拶しちゃってる!
帰っちゃう!!!!
ここであきらめてたまるものかと、私は走って1枚の名刺を持って声をかけた。
局長は立ち止まってくれた。
私「ロンボクにある観光専門高校を訪問し、観光に関わる課題点などのワークショップを開きたいんです。ただ、私の職場からは手紙が出せません。何かいい方法があれば教えてください。」
局長「そうですか、来週私のオフィスに来れますか?秘書を通じて私を呼び出してください。私から直接、対象校へ連絡をしましょう」
・・・・やった
通じた・・・
泥だらけだけど、また一歩前進できた・・・
JICAに報告し、調整員さんも同席してくださるということで、来週教育局へ訪問することになりました。
我ながらやり方が不器用すぎて笑ってしまう。それでも、3年間営業マンとして働いていた時の根性は、こんな時になって生きるもんなんだな
実はこのツアー、他にもたくさんいいことがあって。
小学校へ訪問し、校舎寄贈の式典に参加できたり。
ジャカルタから式典に参加するため来ていた方が、インドネシアと日本のとある県の【一村一品】促進をしている組織で働いていて。
来月、日本からお客様がいらっしゃるということで、私も出張としてジャワ島へ視察に行くことができそうです。
いい流れだ。
大急ぎで協力者を募って、企画書を作り上げて、記事を作成して・・・
とはいえここはインドネシア。明日には話しがなくなってたりしてね。
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8/08/2015
協力隊活動
【あぁ、これが活動の一歩になれば】 それでも陽は登る
今週から「よいしょ」と腰をあげて(申しわけないけど)に事務所に。
事務所に入ると、やっぱり配属先は変わらない。
暇そうな同僚たちを横目に、一生懸命活動しようとすると、
「あぁ、みずはまた忙しそう」とか。
このままじゃダメだ。
飲み込まれるな。私。
たまたま、月曜日から事務所の電気代が切れていて、所属しているマーケティング部のWi-Fiが使えなかったので、
私は配属先の受付の近くにある、ちょっとしたスペースで作業をしていました。
観光地図はデザイナーの同期に頼んでいて
ロンボクの記事を、ガルーダ航空の機内誌に乗せてもらえないか打診していて
(返信があって、去年の4月にロンボクのクタビーチの特集をしていたそうだけど、おもしろいコンテンツがあったら検討してくれるって!!!!!イェーイ!!!!!!)
トレッキングした山の記事をまとめ、日本の趣味系媒体へ掲載依頼をしているところ。
やっぱりどれもこれも、一人でできちゃうんだよなあ。(泣
そんな事を思っていたら、入り口から聞いたことのある女性の声。
そこに救世主的に表れたのは、ロンボクの日本人会の代表をされている方だった(;_;)
ちょっとした空き時間に現状を相談させてもらったら、
「(配属先だけの)小さな組織で活動していても、きっとだめ。ちょうど今日の夜から、領事館や州の教育局の人たちが来るから、顔を売るためについてきたら?」
(;_;)
今日の夜、訪問したかった学校の先生と個人的にアポをとって、家にお邪魔するねーなんて言ってたけど。
ちょっとずらしてもらって、空港の歓迎から参加させてもらうことに。
プットリー(お姫様)として、いらした方にレイを首からかけるという大役をいただいた。 (大丈夫なのか色々)
今回の件しかり。 こちらで出会った日本人の方にはお世話になりっぱなし(;_;) 頑張んなくちゃなあ
リンジャニ山へトレッキングした時のように、
さっきより一歩だけ前へ。
さっきより、少しだけ高いところへ。
その繰り返しでいいんじゃないか。
少しでも目的を達成できる可能性がある方へ、ちょっとずつでもでも進んでいきたいな。
繋げるんだ絶対。
まだもうちょっと頑張れそうですワタシ。 今日も手があいたら、ぽちっとお願いします↓
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8/04/2015
協力隊活動
なんてことないけど、キレイな言葉以外で感謝の気持ちをと思って。
前回の記事は(幸せだけどこれでいいんだろうか・・・)。
青年海外協力隊として、世間からある程度注目されているということを踏まえても。
キレイな言葉だけを並べ、730日を終えることはできないと考え、ネガティブな記事ながら公開しました。
自分が思っている以上に、記事は世界を渡って。
多くの方から励ましやアドバイス、コメントをいただきました。
≪仕事で後味悪い日だったけど、投稿のおかげで、みずがいてくれてるから、私は元気もらえたよ≫
≪人生生きているだけで価値がある≫
≪誰のために頑張るのか≫
≪自分ができることは他にあるって、そっちに専念しようと思う≫
≪ロンボクとの時差は14時間だよ♡≫
≪その答えは5、10年後に振り返って、あーそういうことかって絶対つながるから!≫
≪早く帰ってきたら単純にうれしいぞ♡≫
≪配属先に結果を求めなくてもいいんじゃないか≫
≪壁にぶち当たって当たり前でしょ!で、リタイアせずに現地で成長するんだから!≫
≪他はちゃんと見てる!≫
≪みずが行かなかったら、ロンボクという地名さえ知らなかった人がたくさんいると思う≫
≪自分の活動を、次の誰かに繋げる≫
≪必要としてる人は今は見えないだけで、いると私は思うし、そう信じたい。≫
≪ I'm always by ur side and beside you!≫
私以外に、共感していただける方が多かったので一部、転載させていただきました。
しばらくの間、いただいたすべての言葉を頭の中で反復し、自分の中で噛み砕いて咀嚼をしていました。
その後私は何か胸に抱えたまま、ロンボク島にあるリンジャニ山へトレッキングをしておりました。
雲の上で過ごす3日間。
180度見渡す限りの星。願いごとが足りなくなるくらいの流れ星。
真っ暗闇の中、山の上から見たロンボクは、わずかな街の明かりがともっていて。
こんな小さな島でも、生きてるんだって思った。
夢のような3日間だった。
帰りがけに見た夕陽は、今まで見た中で一番キレイだった。
この地が好きなんだ。ロンボクという島が、やっぱり好き
カウントダウンしていく日々。止められない日々。
そう思ったら、やっぱりもうちょっと頑張れそうだなって思った。
すべてが晴れたわけじゃない。
配属先は変わらないのだから。
そしたら自分が変わるだけのハナシ。
そうやって、世界中の仲間から励まされながら、ここに書く事に及ばず、私はこの地で壁を乗り越えていくんだと思います。
簡単じゃないのはわかっているけどね。そんなのは、応募した時から分かってた。
『問題が山積みだから海外協力隊』。ほんとにその通り。
何を勝手に期待して、うまく行くもんだと思っていたんだろう。
みなさんに、読んでくれたすべての人に「本当にありがとうございます」と言いたい。
でも、そんな一言だけじゃやっぱり感謝の気持ちは足りない。足りなさすぎる。
一つ一つの想いを、自分の中に吸収して、それが返せるのはこれからのハナシ。
ケニアに赴任中の私の大切な同期のブログ。私はロンボクでボロボロ涙を流しながら目を通した。
【”人の心を掴む記事”を読んで】
”かけがえの無い時間を過ごしてるからこそ、
こういう事を考えるのかもしれない”
そうなんだろうな。
頑張れ。自分。君は一人じゃないぞ。
Special サンクス
電話をくれた氏。
大親友
インドネシア同期・先輩隊員
バリで会ったマレーシア隊員
ケニア 同期
ブルキナ まさ
前職 同期
ザンビア 班長
グアテマラ なっちゃん
マラウイ 妹
家族
ラオス 会いに来てくれる予定のあなた
スネ夫
のゆさん
みゆき
凛君
みゆ
モンゴル 同期
ベトナム 同期
ガーナ 同期
みどりさん
前職の方たち
ヨルダン 同期
エクアドル さお
せいちゃん
マラウイ お姉ちゃん
marusanriseさん
匿名さん
よしぼーさん
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7/31/2015
独り言
【幸せだけど、これでいいんだろうか】任期短縮というコトを考えてみる。
もう自分が何か月この国にいて、あとどのくらい残っているのか。わかんないや。
計算すれば出てくるし、ブログにはちゃっかり日本帰国までのカウンターなんかつけちゃったもんだから。
その【463日】あるって事実はわかってるんだけどね。
イ「ロンボクにどれくらい住んでるの?」
み「1年未満かな~」
イ「あとどのくらいここにいるの?」
み「あと1年以上あるよ~」
そんな感じ。
決して落ち込んでいるわけじゃない。てことを先に。
当たり前の脳みそで、いつも通りの感じで。
5月に書いた記事。【リゾート開発よりも、おじさんを応援したい】
この時も私は悩んでいて、それでも頑張りたくて、頑張っていたくて、この記事をかいた。
それから3か月経過するけれど。ここに来て、今まで考えたコトがなかった【任期短縮】が、初めて頭をかすめるようになった。
隊員の中で【ニンタン】と呼ばれているソレ、は、2年間の派遣期間を短縮する制度。そんなに簡単にできる物でもないし、ニンタンの多くは、派遣国の治安が悪くなったりとか、健康上で何か問題があった時とか。
ニンタン。
もうかれこれ、1年弱私はこの配属先にいる。
そして、それなりに楽しくやっている。
リラックスした職場には、毎日送り迎えをしてくれる同僚たちがいて
「ちょっと旅行行ってくる!」というと、空港から家の送迎をわざわざ買って出てくれる友達もいる。
同僚たちは、私を笑わせようとジョークを連発し、ありがたいことに?彼氏すら探してくれる。
よく家に連れて行ってくれて、ご飯を一緒に食べたり、家族やいとこに紹介してくれたり。
彼らと過ごしている日々。貴重で、終わってほしくないと今から思っていて。言葉を超えて笑いあえることに、毎日「奇跡みたいな日々だなー」なんて嬉しくて。
けれど。
けれど、やっぱり私はこの配属先に、「必要とされていない」みたい。
様子を見てきた。
そして自分のやりたいことだけが膨らんでいった。
それを配属先に相談しても、なんでかもうダメなんだ。
こういうコトをしていきたい。こういう意図があって、こういう結果が見込める。
と5月末のプレゼンを通じて、配属先の人達は「素晴らしいプレゼンだった」と言った。
それでも書類文化のここで、配属先からのドキュメントを待っているけれど。もう1か月以上音沙汰なし。
上司を通さず、パソコンができる同僚に頼んでも。
「あ、みずの書類作るの忘れてた!明日ね」と、それも1か月。その彼は今、ブルガでおしゃべりをしている。
赴任当時にかなりのストレス要因だった【仕事をしない】ことに対して、もう憤りは感じない。
「どうしたらできるようになるんだろう」
「なんでそうなるんだろう」
そうやって、一人で考えるのが、もうアホらしくなってしまった。
そのうち私は「できない理由」だけを述べて、頑張る事をしなくなるんじゃないだろうか。
信頼関係を構築しよう、って
時にはさぼって、同僚たちとコーヒーを飲んだ日々。
何か一緒になってできることはないだろうかと、雑用と言われることも一生懸命やろう!と決めて
片付けや、本棚の整理、イスラムの習慣で米を小分けにする作業をやってみた。
作業中変な歩き方をして、「ダイエットしてるのよ」と
ちょっとおちゃらけてみせるけど。
ちょっと笑ってみせるけど。
笑ってる自分をよそに、心のどっかが、溜息をついている。
いても、いなくても別にどっちでもいい。そんな職場で
ボランティアだとか、協力だとか、持続可能な、とかそんなおこがましい事。むしろこっちが頑張っちゃってごめんなさい、的な。感じなんです。
誰のために考えてるんだろう。
この島の人達が求めていない、今の状況が幸せなのに、なぜ一人で頑張ってるんだろう。
私がいる意味はどこにあるんだろう。
今私が活動していることは、一人でできて、ショットで終わってしまって
配属先がいなくても、家にこもっていればできること。
日本からでも、きっとできること。
ニンタン。
たのしくて、しあわせで、ここに来れたことに心から感謝しているけれど。
この、なんでもない日々が、同僚たちと笑いあえている貴重な毎日がずーっと続くのかなと思うと、不安でさみしくて、つらくて、しんどい。
複雑。
いつも長文でごめんなさい。 気が向いたらクリックお願いします。

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計算すれば出てくるし、ブログにはちゃっかり日本帰国までのカウンターなんかつけちゃったもんだから。
その【463日】あるって事実はわかってるんだけどね。
イ「ロンボクにどれくらい住んでるの?」
み「1年未満かな~」
イ「あとどのくらいここにいるの?」
み「あと1年以上あるよ~」
そんな感じ。
決して落ち込んでいるわけじゃない。てことを先に。
当たり前の脳みそで、いつも通りの感じで。
5月に書いた記事。【リゾート開発よりも、おじさんを応援したい】
この時も私は悩んでいて、それでも頑張りたくて、頑張っていたくて、この記事をかいた。
それから3か月経過するけれど。ここに来て、今まで考えたコトがなかった【任期短縮】が、初めて頭をかすめるようになった。
隊員の中で【ニンタン】と呼ばれているソレ、は、2年間の派遣期間を短縮する制度。そんなに簡単にできる物でもないし、ニンタンの多くは、派遣国の治安が悪くなったりとか、健康上で何か問題があった時とか。
ニンタン。
もうかれこれ、1年弱私はこの配属先にいる。
そして、それなりに楽しくやっている。
リラックスした職場には、毎日送り迎えをしてくれる同僚たちがいて
「ちょっと旅行行ってくる!」というと、空港から家の送迎をわざわざ買って出てくれる友達もいる。
同僚たちは、私を笑わせようとジョークを連発し、ありがたいことに?彼氏すら探してくれる。
よく家に連れて行ってくれて、ご飯を一緒に食べたり、家族やいとこに紹介してくれたり。
彼らと過ごしている日々。貴重で、終わってほしくないと今から思っていて。言葉を超えて笑いあえることに、毎日「奇跡みたいな日々だなー」なんて嬉しくて。
けれど。
けれど、やっぱり私はこの配属先に、「必要とされていない」みたい。
様子を見てきた。
そして自分のやりたいことだけが膨らんでいった。
それを配属先に相談しても、なんでかもうダメなんだ。
こういうコトをしていきたい。こういう意図があって、こういう結果が見込める。
と5月末のプレゼンを通じて、配属先の人達は「素晴らしいプレゼンだった」と言った。
それでも書類文化のここで、配属先からのドキュメントを待っているけれど。もう1か月以上音沙汰なし。
上司を通さず、パソコンができる同僚に頼んでも。
「あ、みずの書類作るの忘れてた!明日ね」と、それも1か月。その彼は今、ブルガでおしゃべりをしている。
赴任当時にかなりのストレス要因だった【仕事をしない】ことに対して、もう憤りは感じない。
「どうしたらできるようになるんだろう」
「なんでそうなるんだろう」
そうやって、一人で考えるのが、もうアホらしくなってしまった。
そのうち私は「できない理由」だけを述べて、頑張る事をしなくなるんじゃないだろうか。
信頼関係を構築しよう、って
時にはさぼって、同僚たちとコーヒーを飲んだ日々。
何か一緒になってできることはないだろうかと、雑用と言われることも一生懸命やろう!と決めて
片付けや、本棚の整理、イスラムの習慣で米を小分けにする作業をやってみた。
作業中変な歩き方をして、「ダイエットしてるのよ」と
ちょっとおちゃらけてみせるけど。
ちょっと笑ってみせるけど。
笑ってる自分をよそに、心のどっかが、溜息をついている。
いても、いなくても別にどっちでもいい。そんな職場で
ボランティアだとか、協力だとか、持続可能な、とかそんなおこがましい事。むしろこっちが頑張っちゃってごめんなさい、的な。感じなんです。
誰のために考えてるんだろう。
この島の人達が求めていない、今の状況が幸せなのに、なぜ一人で頑張ってるんだろう。
私がいる意味はどこにあるんだろう。
今私が活動していることは、一人でできて、ショットで終わってしまって
配属先がいなくても、家にこもっていればできること。
日本からでも、きっとできること。
ニンタン。
たのしくて、しあわせで、ここに来れたことに心から感謝しているけれど。
この、なんでもない日々が、同僚たちと笑いあえている貴重な毎日がずーっと続くのかなと思うと、不安でさみしくて、つらくて、しんどい。
複雑。
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【ガイドブックに載っていない神様の国へ】占い師さんからのお告げ。
断食があけた16日~21日まで休暇となり、私は隣島であるバリ島に(´・ω・`)
神様の国と言われているバリ島。
私の家からバリ島の山を見ることができるし、飛行機で25分というとても近い島。
(海岸からいつも、泳いでいけるんじゃないか?と思ってる)
にも関わらず、宗教が異なるという点でまったくもって違う国。
同じインドネシアで言葉が通じるというだけあって、ガイドブックには載っていないような場所や人にも会えたし、
訓練所の時に、同じクラスだった同期と2人で
ずーっと、本当にずーーーーーっと話をしてた。2日目はホテルのテラスで6時間話してた。
今回泊まったコテージが本当に素敵だった。$50/泊
Lihat sawah2
テラスからの眺め
【バリで驚いたこと】
①アザーンが聞こえないね~Σ(・ω・ノ)ノ
②モスクがないね~
③お酒の看板があるよ!
④どこに行っても、堂々とお酒が飲めるよ!
⑤見られない!歩いていても、じろじろみられない!!!
⑥パンがおいしい
⑦豚肉がふつうにある。
バリ最終日に私は、無意識にスカートの下にレギンスをはいてました。
相方に突っ込まれたけど、(肌の露出を控えるという面で)「イスラム教仕様になってるね」。
たしかにー
この5日間は本当に素晴らしい日々だった。
そして、勉強になるエッセンスが詰まった日々だった。
村の占い師さんとの話しの中で、これだ!と思うことがあった。
その村の観光についての考え方。
私たちが訪れたのは、シドゥメン村という小さな集落。開発自体は、他エリアが栄える前からあったそう。
歩いている時に、子どもたちが「ハロー」と声をかけてくる。
おじさんが、バイクで近づいてきて「明日の移動手段は決まってるか?」と心配する。
(決まってるよー!というと、「そうか!ならよかった!」とどっかに行っちゃう。)
お店の店員さんがみんな、愛想がいい。
何してるのー?と聞いたら、「一緒に作ろう!」と言ってくれた村の子どもたち。お祈りで使うチャナンを作っているトコロ
上が私が作ったチャナン、下が女の子が作ったもの。違いすぎる、不器用すぎるよ自分。
これ、すべて名も有名でない小さな村での事。
すべてにビックリした。観光客にとって、「近すぎず、遠すぎない」態度が、非常に心地よかったのだ。
なんだって、ロンボクでは観光客をジロジロ上から下まで見るし。しつこい押し売りが目立つ。
それができるのは、ここの住人たちが「観光客は、リラックスをしにこの町に来てる」という目的を理解し、 それが徹底されているから。
ゴミ問題についても、自らの村で考え「観光アソシエーション」を形成し、ゴミ箱やリサイクルについて自分たちが考えてるんだって。
そこに政府のチカラは入ってない。
なんだかなー、って。
できるんだなーって。
同じインドネシアという国なのに、自分たちで観光について考えて実行しているモデルケースが、この隣の村にあったんだと、感銘した。
探していたものはここにあった。横展開したいな。 ちょっとやり方考えたいな。むーん。。
ちなみに、占い師さんから言われたコト。
35歳を超えると、あなたは結婚が面倒くさくなるから、早ければ早い方がいい。
笑
適齢期は30歳、31歳だそうで。
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私の家からバリ島の山を見ることができるし、飛行機で25分というとても近い島。
(海岸からいつも、泳いでいけるんじゃないか?と思ってる)
にも関わらず、宗教が異なるという点でまったくもって違う国。
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訓練所の時に、同じクラスだった同期と2人で
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①アザーンが聞こえないね~Σ(・ω・ノ)ノ
②モスクがないね~
③お酒の看板があるよ!
④どこに行っても、堂々とお酒が飲めるよ!
⑤見られない!歩いていても、じろじろみられない!!!
⑥パンがおいしい
⑦豚肉がふつうにある。
バリ最終日に私は、無意識にスカートの下にレギンスをはいてました。
相方に突っ込まれたけど、(肌の露出を控えるという面で)「イスラム教仕様になってるね」。
たしかにー
この5日間は本当に素晴らしい日々だった。
そして、勉強になるエッセンスが詰まった日々だった。
村の占い師さんとの話しの中で、これだ!と思うことがあった。
その村の観光についての考え方。
私たちが訪れたのは、シドゥメン村という小さな集落。開発自体は、他エリアが栄える前からあったそう。
歩いている時に、子どもたちが「ハロー」と声をかけてくる。
おじさんが、バイクで近づいてきて「明日の移動手段は決まってるか?」と心配する。
(決まってるよー!というと、「そうか!ならよかった!」とどっかに行っちゃう。)
お店の店員さんがみんな、愛想がいい。
何してるのー?と聞いたら、「一緒に作ろう!」と言ってくれた村の子どもたち。お祈りで使うチャナンを作っているトコロ
上が私が作ったチャナン、下が女の子が作ったもの。違いすぎる、不器用すぎるよ自分。
これ、すべて名も有名でない小さな村での事。
すべてにビックリした。観光客にとって、「近すぎず、遠すぎない」態度が、非常に心地よかったのだ。
なんだって、ロンボクでは観光客をジロジロ上から下まで見るし。しつこい押し売りが目立つ。
それができるのは、ここの住人たちが「観光客は、リラックスをしにこの町に来てる」という目的を理解し、 それが徹底されているから。
ゴミ問題についても、自らの村で考え「観光アソシエーション」を形成し、ゴミ箱やリサイクルについて自分たちが考えてるんだって。
そこに政府のチカラは入ってない。
なんだかなー、って。
できるんだなーって。
同じインドネシアという国なのに、自分たちで観光について考えて実行しているモデルケースが、この隣の村にあったんだと、感銘した。
探していたものはここにあった。横展開したいな。 ちょっとやり方考えたいな。むーん。。
ちなみに、占い師さんから言われたコト。
35歳を超えると、あなたは結婚が面倒くさくなるから、早ければ早い方がいい。
笑
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