パパへの手紙
先日、起き上がり小法師をいただいたアーティストさんに会い、取材をさせてもらった。(→若干右斜め前。)
取材という名目でおじゃまさせてもらったが、ちゃっかり3点も購入した。だってステキなんだもん。
このアーティストさんが描くものは、ロンボクにあるものを題材にしているという。
この後記事を編集するので、詳細はまた今度の機会に。
(追記:記事はこちらから)
絵画と併せて、今回はポストカードを6枚購入した。
※おまけでつけてくれたマッチ
ロンボクの風情漂う景色を、 決して誇張することなく表現されている。
カキリマと呼ばれる屋台の説明が乗った絵葉書。カキ=足、リマ=5
カキリマは足が5本あるという意味。移動式販売の屋台の足が3本(タイヤ2、つっかけ1)と、売り子さんの足が2本でカキリマ。インドネシアでは、どこでも見れるカキリマを表現したポストカードだ
ハガキを見て、何か胸につっかかるものがあった。
小学生の時、学校から帰ると家のポストに白い封筒。住所は英語で書いてある。早く開けたくて、エレベーターに乗っている時間がもどかしかった、あの瞬間を思い出した。
手紙はパパからだった。
英語で書かれた私の名前。絵葉書には、海外のアーティストが書いた猫の絵。シアトルだったか、ワシントンだったか。パパがいるところの地名が書いてあった気がする。
私のパパは私が小さい頃から、赴任や出張が多く家にいることがほとんどなかった。
ここロンボク島でたまたま手に取った絵葉書から、しばらくずっと思い出すことのなかった、なんだろ。何か、ざわっとした。
私は、小さい頃から父が嫌いだ。
不器用で、口数が少なく、お酒が入らないと笑わない。
平日夜帰ってきたと思ったら、かなりお酒を飲んでるようで、どこかのゲームセンターでとっただろう人形を、私のベッドに放り投げる。
家に帰れば、阪神タイガースの応援。
高校生の時、夜が遅いといつも怒られた。
食事中に友達にメールを返そうもんなら、声をあらげて怒られた。
大学生の時、両親が離婚した。
久しぶりに一緒に食事をした父との長い沈黙。
「お母さんから聞いてると思うが、そういうことだから。」
嫌いな父に涙を見せるのが悔しくて、
私は気丈にふるまうことしかできなかった。
父が大嫌いだった。
不器用で、何も表情に出さない父。
仕事しかしてこなかった父。
頑固な父。
マナーが悪いと、すぐ店員にクレームをつける父。
私が内定出た会社の報告をすると、「上場しているこっちの会社にしなさい」と、私は前職に入社した。
私は父が嫌いだった。
仕事をし始めたある日の平日、あるきっかけがあり私は父の会社を訪れた。
高層ビルが並ぶ街、会社の案内表記はすべて英語。
外資の上層部として働く父は、部下をたくさん抱え、私が見たことのない笑顔で社員と接してた。
パパが30年間闘った場所は、こんなところだったのだと。
パパはここで、たくさん理不尽な想いをしていたのだと。
24歳の時に、初めて知ったことだった。
パパは、家族を蔑ろにしていたんじゃなかった。
パパは、家族を守るために、理不尽なことに頭をさげてきた。
会社で働く父の姿を見て、人として素直に尊敬した。
理解のない娘でごめんよ。
お父さん、ありがとう。
ロンボクの絵葉書を眺めて、父に手紙を書こうと思った。
あの時、パパがやってくれていたように、今度は私がここから手紙を書こう。
カキリマの絵葉書なんて送ったら、「なんだこれは」としかめっ面をしながら
きっと会社で、「こんなハガキが来た、まったく」なんて話をしてくれるんだろう。
頑固で、家族の前では不愛想で、理屈ぽい。
酔って口を開けば「アリとキリギリス」の話。
ジムに欠かさず通い、真面目で、努力家で、ネコが好き。
パパの前では、「パパ」なんて呼べないけど。。。
今では私の大切な父であり、血がつながった私の上司だ。
ロンボクの絵葉書を使って手紙を書こう、そう思った。
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