【帰国まで7日】空港へ向かう道
任地を引き上げ、無事にジャカルタへ上京。
本日は移動日だったので、同期と再会してやいのやいの、2年間の活動を乾杯した。
ロンボクでは最後までインドネシアらしさを感じられるお別れで。
約束の時間通りに同僚が家まで迎えに来てくれ、さあ出発!1時間半前に空港につく予定だし、ちょっとお土産でも見ていく?なんて言っていた矢先、
他の同僚からSMS。
イ「今どこにいる?今から家に行っていい?」
えー!もう出発しちゃったよ!なんて思ったけど、どうしても挨拶しておきたかったので、道中で合流するため20分くらい待つことに。
私たちは車で先に待ち合わせ場所について。
その後遅れて、3人の職場のバパ達がバイクに乗ってわざわざ会いに来てくれた。
本当に一瞬挨拶しただけ。
一人ひとりに握手をして、またいつか絶対会おうねって。笑顔でお別れ。
この時点でもうあまり時間がなかったけれど、空港について見送りに来てくれた隊員とお別れした後。
観光情報センターのスタッフや、お世話になった空港のスタッフに挨拶をするためあちこち行脚し、全然想いに浸ることなく、ばったばたで気づいたら機内にいた。
寝不足ということもあって、機内では爆睡し。
ジャカルタの空港ではたまたま時間帯がかぶった同期と合流し。
ドミについたかと思えば、スーツケースがぶっ壊れ。
ハサミで開け、荷物整理をする。
そしたらあっという間によるになって。
同期と飲みに行ったら、感極まって涙をすることもあったりで。
今日も素敵な1日が終わった。
上京1日目。
まだまだ気持ちの整理がつけられないまま、任地をあとにしました。
あと1週間。
もう間もなく、2年間の任務が終わりを迎えています。
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本日は移動日だったので、同期と再会してやいのやいの、2年間の活動を乾杯した。
ロンボクでは最後までインドネシアらしさを感じられるお別れで。
約束の時間通りに同僚が家まで迎えに来てくれ、さあ出発!1時間半前に空港につく予定だし、ちょっとお土産でも見ていく?なんて言っていた矢先、
他の同僚からSMS。
イ「今どこにいる?今から家に行っていい?」
えー!もう出発しちゃったよ!なんて思ったけど、どうしても挨拶しておきたかったので、道中で合流するため20分くらい待つことに。
私たちは車で先に待ち合わせ場所について。
その後遅れて、3人の職場のバパ達がバイクに乗ってわざわざ会いに来てくれた。
本当に一瞬挨拶しただけ。
一人ひとりに握手をして、またいつか絶対会おうねって。笑顔でお別れ。
この時点でもうあまり時間がなかったけれど、空港について見送りに来てくれた隊員とお別れした後。
観光情報センターのスタッフや、お世話になった空港のスタッフに挨拶をするためあちこち行脚し、全然想いに浸ることなく、ばったばたで気づいたら機内にいた。
寝不足ということもあって、機内では爆睡し。
ジャカルタの空港ではたまたま時間帯がかぶった同期と合流し。
ドミについたかと思えば、スーツケースがぶっ壊れ。
ハサミで開け、荷物整理をする。
そしたらあっという間によるになって。
同期と飲みに行ったら、感極まって涙をすることもあったりで。
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上京1日目。
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10/21/2016
帰国準備
【離任】さようなら、また会う日まで。
数時間後にこの部屋を引き払って、2年分の荷物をもって空港へ。もう少ししたら同僚が車で迎えにきてくれる。
昨日、職場の最終日を迎えた。
すべてが終わったはずなのに、
安堵なのか
疲労なのか
達成感なのか。
何かわからない感情がすべてごっちゃになって、昨日はずっと無だった。
そして夜は何かに緊張して、4時間寝たら目が覚めた。
部屋を掃除して、最後の荷物確認をして、現在朝6時。
意外に淡々としている。
すべての事がらに感情スイッチが入るわけでもなく、これからふつうに職場に出勤しそうだし、カラになった部屋を眺めても、「帰るんだ」という実感がない。
たぶん日本についてから、初めてはっとするんだろうな。
昨日はいつも通りに職場に入り、お世話になった同僚一人ひとりに琥珀糖を渡し、挨拶をした。
最後までハッピーな彼らとの別れは、「寂しさ」もありつつ壮大な悲しさにつつまれるわけでもなかった。
その中でも仲のよかったバパが握手をした手をなかなか放してくれず、
「みずの家族がいつも元気でありますように。
いつでもみずにとって、すべてがうまくいきますように。
気をつけて日本に帰るんだよ」そういわれた時に、笑顔をたもつのに必死だった。
いつも朝ごはんを食べていた場所も
ストラグルな生活をさせてもらった元部署も
今ではネガティブな感情は一つもなく、晴れ晴れとした気持ちで離任できそうです。
職場から、盾とコーヒー、Tシャツ、↓のソンケットと言われる織物をいただいた。
お昼からはシャトルバスで移動し、最後のロンボク料理でお別れ会を開いてくれた同僚たち。
最後3か月。
ちゃんとゆっくり振り返る暇もなく、今日を迎えてしまった。
少しずつ、周りの環境から帰ることを意識し始めて
ついにこの日を迎えたというのに。
700日ほど任地で悩んで、もがいて、苦しんだ日々は今では何もなかったかのように頭の中から消え去った。
この場所に思い残すことは何もないです。
素敵な経験をさせてくれたロンボク島。
なんでもない、そこらへんのとある女子が過ごした、たったそれだけの事。
それでも自分の2年間は、青年海外協力隊を選んだ自分の730日間は。
日本から遠い、南の島にもおんなじ人が生きていることを教えてくれた、かけがえのない財産です。
さようなら、また会う日まで。
いつかきっと、またこの島に遊びに来るよ
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昨日、職場の最終日を迎えた。
すべてが終わったはずなのに、
安堵なのか
疲労なのか
達成感なのか。
何かわからない感情がすべてごっちゃになって、昨日はずっと無だった。
そして夜は何かに緊張して、4時間寝たら目が覚めた。
部屋を掃除して、最後の荷物確認をして、現在朝6時。
意外に淡々としている。
すべての事がらに感情スイッチが入るわけでもなく、これからふつうに職場に出勤しそうだし、カラになった部屋を眺めても、「帰るんだ」という実感がない。
たぶん日本についてから、初めてはっとするんだろうな。
昨日はいつも通りに職場に入り、お世話になった同僚一人ひとりに琥珀糖を渡し、挨拶をした。
最後までハッピーな彼らとの別れは、「寂しさ」もありつつ壮大な悲しさにつつまれるわけでもなかった。
その中でも仲のよかったバパが握手をした手をなかなか放してくれず、
「みずの家族がいつも元気でありますように。
いつでもみずにとって、すべてがうまくいきますように。
気をつけて日本に帰るんだよ」そういわれた時に、笑顔をたもつのに必死だった。
いつも朝ごはんを食べていた場所も
ストラグルな生活をさせてもらった元部署も
今ではネガティブな感情は一つもなく、晴れ晴れとした気持ちで離任できそうです。
職場から、盾とコーヒー、Tシャツ、↓のソンケットと言われる織物をいただいた。
最後3か月。
ちゃんとゆっくり振り返る暇もなく、今日を迎えてしまった。
少しずつ、周りの環境から帰ることを意識し始めて
ついにこの日を迎えたというのに。
700日ほど任地で悩んで、もがいて、苦しんだ日々は今では何もなかったかのように頭の中から消え去った。
この場所に思い残すことは何もないです。
素敵な経験をさせてくれたロンボク島。
なんでもない、そこらへんのとある女子が過ごした、たったそれだけの事。
それでも自分の2年間は、青年海外協力隊を選んだ自分の730日間は。
日本から遠い、南の島にもおんなじ人が生きていることを教えてくれた、かけがえのない財産です。
さようなら、また会う日まで。
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【離任2日前にして。】
お昼に調整員さんと合流し、ロンボクでJICAを受け入れている政府組織への最終報告が無事に終わった。
これですべて終わり。
ロンボクでの活動は、すべて終わった。
終わった今は、ひたすら頭が痛い。夜ごはんに行くまでベッドに横になっている
最終報告をする前に、調整員の通訳で来ていたインドネシア人のナショナルスタッフに
「みずさん、あなたが体感した2年間を今日すべて伝えてね。あなたが配属先で、十分なサポートを受けれなかったことも、孤独を感じていたことも。お膳だてしなくていいから。」
と言われた。
2年間の活動の成果を職場以外のインドネシア人に発表した。
誰も聞いていないだろうって思ってた。
誰も私の2年間なんかに興味ないんだろうって思ってた。
でもそしたら、ちゃんと耳を傾けてくれていて。
「すごい。みず、なんであなた任期を延長しないの?あなたのやってる事は、ロンボクにとって必要よ。JICAの方でなんとかならないの?」と。
もう、これを聞いた瞬間に。
うれしくて。
ずっと自分は配属先でこういうコメントが聞きたかったんだって。最後まで職場からは聞けなかったけど、最後にインドネシア人にこうやって言ってもらえて報われた気がした。
そしてすべて伝えた。
2年間1人で活動してきたことも、学校巡回についての承認が降りなかったことも。
「みず、2年間インドネシアのために頑張ってくれてありがとう。」
そうやって最後言われた。
ありがとう、と言ってくれた。
インドネシア人が私の2年間を受け入れてくれた。
今まで何回、たったその一言を望んでいたんだろう。
目頭が熱くなって、今までの想いがあふれてきそうになって、こらえるのに必死だった。
私の寂しかった2年間は、無駄じゃなかった。
活動で日本語の観光地図を作っていた。
1版を印刷した時に、手ごたえを感じた。
担当のイブと何回ももめて、何回も精神がすりへりそうになって。
「明日、明日」と言われ続け、ようやく発行した2版。
合計で4千部。
正直、「作った事実」が成果だった。
それでいいと思ってたし、今でもそれでいいと思ってる。
空港におかせてもらえることにもなったし、私がいなくなった後も活用してくれるといいなって。
今日ね、調整員さんに会った時。
調「あ、そういえば早速空港で、地図をゲットしましたよ!これみずさんが作ったんですよね?すごい。」
み「あ、観光情報センター立ち寄られたんですか?」
調「いやね、トイレの前でナショナルスタッフを待っているときに、観光情報センターのスタッフが日本人だと気づいて近づいてきてね。この地図を手渡ししてくれたんですよ。
まさかこれから会う隊員の成果だとはね。
僕の他にも、サーファー風の男性2人の日本人が空港にいて。その二人にも地図を配ってましたよ。
『日本語の地図あるんだ!』
『お、サーフィン情報乗ってるじゃん!』って会話しているのを聞いていました。
今回、費用は職場で負担したんですよね。ちゃんと活用されてましたよ。」
他にもよく聞けば、同僚たちは日本で行われた旅行博に、この地図をもっていったらしい。
私は明後日、任期を終えてロンボクを出る。
離任の2日前にようやく知れた事実。
協力隊の成果って本当に目に見えないものなんだなって思った。
今回たまたま私は「ちゃんと活用されている」「そしてそれが誰かに喜んでもらっている」という活動の成果を、人づてに耳にする。
正直今まで。帰る直前まで、活動の成果なんて感じられなかった。
傲慢で終わった2年間は、挫折経験だって言い聞かせてた。
これがたまたま帰る2日前に聞けた私は、本当にラッキーで。
来年、再来年、ましては何十年後か。
いつ花が咲くかわからない活動。
でも2年間という限られた時間の中で、がむしゃらに悩んで、勇気をふりしぼったりして。
その小さな努力は、決して無駄にはならないんだなって。
ようやくこの2年間の意義を見出せた、そんなエピソードが今日ありました。
ちゃんと報われたよ。
色んな事があったけれど。
最後はちゃんと、頑張ってきたご褒美が待ってたよ。
挫折経験じゃなくて、「ドラマのような2年間だった」って。
これでようやく。心の底から思い残すことなくロンボクを離れることができそうです。
残り10日。
離任まであと2日。
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これですべて終わり。
ロンボクでの活動は、すべて終わった。
終わった今は、ひたすら頭が痛い。夜ごはんに行くまでベッドに横になっている
最終報告をする前に、調整員の通訳で来ていたインドネシア人のナショナルスタッフに
「みずさん、あなたが体感した2年間を今日すべて伝えてね。あなたが配属先で、十分なサポートを受けれなかったことも、孤独を感じていたことも。お膳だてしなくていいから。」
と言われた。
2年間の活動の成果を職場以外のインドネシア人に発表した。
誰も聞いていないだろうって思ってた。
誰も私の2年間なんかに興味ないんだろうって思ってた。
でもそしたら、ちゃんと耳を傾けてくれていて。
「すごい。みず、なんであなた任期を延長しないの?あなたのやってる事は、ロンボクにとって必要よ。JICAの方でなんとかならないの?」と。
もう、これを聞いた瞬間に。
うれしくて。
ずっと自分は配属先でこういうコメントが聞きたかったんだって。最後まで職場からは聞けなかったけど、最後にインドネシア人にこうやって言ってもらえて報われた気がした。
そしてすべて伝えた。
2年間1人で活動してきたことも、学校巡回についての承認が降りなかったことも。
「みず、2年間インドネシアのために頑張ってくれてありがとう。」
そうやって最後言われた。
ありがとう、と言ってくれた。
インドネシア人が私の2年間を受け入れてくれた。
今まで何回、たったその一言を望んでいたんだろう。
目頭が熱くなって、今までの想いがあふれてきそうになって、こらえるのに必死だった。
私の寂しかった2年間は、無駄じゃなかった。
活動で日本語の観光地図を作っていた。
1版を印刷した時に、手ごたえを感じた。
担当のイブと何回ももめて、何回も精神がすりへりそうになって。
「明日、明日」と言われ続け、ようやく発行した2版。
合計で4千部。
正直、「作った事実」が成果だった。
それでいいと思ってたし、今でもそれでいいと思ってる。
空港におかせてもらえることにもなったし、私がいなくなった後も活用してくれるといいなって。
今日ね、調整員さんに会った時。
調「あ、そういえば早速空港で、地図をゲットしましたよ!これみずさんが作ったんですよね?すごい。」
み「あ、観光情報センター立ち寄られたんですか?」
調「いやね、トイレの前でナショナルスタッフを待っているときに、観光情報センターのスタッフが日本人だと気づいて近づいてきてね。この地図を手渡ししてくれたんですよ。
まさかこれから会う隊員の成果だとはね。
僕の他にも、サーファー風の男性2人の日本人が空港にいて。その二人にも地図を配ってましたよ。
『日本語の地図あるんだ!』
『お、サーフィン情報乗ってるじゃん!』って会話しているのを聞いていました。
今回、費用は職場で負担したんですよね。ちゃんと活用されてましたよ。」
他にもよく聞けば、同僚たちは日本で行われた旅行博に、この地図をもっていったらしい。
私は明後日、任期を終えてロンボクを出る。
離任の2日前にようやく知れた事実。
協力隊の成果って本当に目に見えないものなんだなって思った。
今回たまたま私は「ちゃんと活用されている」「そしてそれが誰かに喜んでもらっている」という活動の成果を、人づてに耳にする。
正直今まで。帰る直前まで、活動の成果なんて感じられなかった。
傲慢で終わった2年間は、挫折経験だって言い聞かせてた。
これがたまたま帰る2日前に聞けた私は、本当にラッキーで。
来年、再来年、ましては何十年後か。
いつ花が咲くかわからない活動。
でも2年間という限られた時間の中で、がむしゃらに悩んで、勇気をふりしぼったりして。
その小さな努力は、決して無駄にはならないんだなって。
ようやくこの2年間の意義を見出せた、そんなエピソードが今日ありました。
ちゃんと報われたよ。
色んな事があったけれど。
最後はちゃんと、頑張ってきたご褒美が待ってたよ。
挫折経験じゃなくて、「ドラマのような2年間だった」って。
これでようやく。心の底から思い残すことなくロンボクを離れることができそうです。
残り10日。
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10/18/2016
帰国準備
【帰国まで11日】送別会とやり残したこと。
あと3日。あと3日したらロンボク空港。うーん。帰るんだなあー・・・
この土日、2年間本当にお世話になった日本人会の方たちが送別をしてくれた。
ホテルを持っている方が多く、友達が来るときによくしてくださったり。
活動でしんどい時に、ふら~っと家にお邪魔して話を聞いてくれたり。
おいしいごはんに連れて行ってくださったり。
常日頃から、協力隊を温かく受け入れてくれ、理解をしてくださる方たち。
ロンボク内で、唯一日本語が話せる環境だった。
それがどんなに心の支えだったか。
お世話になったのはこちらなのに、名前入りのブックマークや、サロン(腰に巻く布)、ワンピース、そしてロンボクに住んでいる日本人の画家さんが買いた、ロンボク島の地図をいただいた。
裏側は、お隣バリ島の地図。
730日、あれだけ色々あったロンボク。それがこんな素敵な地図になって、思い出を凝縮して日本にもって帰れるんだ。
本当に幸せだなあ。
インドネシア風にって、日本人の方とほっぺのあいさつをした。またいつか遊びにきます。
知り合いの持ってるゴルフ場で、初ゴルフをしてみたり。
ギリナングと言われる島を巡ってみたり。
1年に1度のヒンドゥーの式典に参加してみたり。
やり残したこと、いよいよこの島とさようなら。
次は観光客として、いつかここに戻ってこよう。
その時、この島はどうなってるんだろう。
変わらないでいてほしいな。
2年間頑張ってきたけど、政府のプロジェクトに合わせて変えようと頑張ってきたけど。
それが自分のエゴだってのは重々承知しているけれど・・・
この素朴さや温かさは、変わらないでほしいな
今日は家に帰って、ひたすら100人分のお菓子の梱包作業!明日はロンボクの政府組織で、最終報告!あっという間に最終日。
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この土日、2年間本当にお世話になった日本人会の方たちが送別をしてくれた。
ホテルを持っている方が多く、友達が来るときによくしてくださったり。
活動でしんどい時に、ふら~っと家にお邪魔して話を聞いてくれたり。
おいしいごはんに連れて行ってくださったり。
常日頃から、協力隊を温かく受け入れてくれ、理解をしてくださる方たち。
ロンボク内で、唯一日本語が話せる環境だった。
それがどんなに心の支えだったか。
お世話になったのはこちらなのに、名前入りのブックマークや、サロン(腰に巻く布)、ワンピース、そしてロンボクに住んでいる日本人の画家さんが買いた、ロンボク島の地図をいただいた。
裏側は、お隣バリ島の地図。
730日、あれだけ色々あったロンボク。それがこんな素敵な地図になって、思い出を凝縮して日本にもって帰れるんだ。
本当に幸せだなあ。
インドネシア風にって、日本人の方とほっぺのあいさつをした。またいつか遊びにきます。
知り合いの持ってるゴルフ場で、初ゴルフをしてみたり。
ギリナングと言われる島を巡ってみたり。
1年に1度のヒンドゥーの式典に参加してみたり。
やり残したこと、いよいよこの島とさようなら。
次は観光客として、いつかここに戻ってこよう。
その時、この島はどうなってるんだろう。
変わらないでいてほしいな。
2年間頑張ってきたけど、政府のプロジェクトに合わせて変えようと頑張ってきたけど。
それが自分のエゴだってのは重々承知しているけれど・・・
この素朴さや温かさは、変わらないでほしいな
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10/17/2016
帰国準備
【帰国まで14日】断捨離。
最終報告が終わった翌日の火曜日から、今日まで帰国準備のため職場には入らず。会いたい人に会って、やり残したことをやって。
4日間も休みかー。暇かなーなんて思ってたけど、あっという間に過ぎてしまった。
今週末は土日とも予定があるため、早めに動いておこうって今日は断捨離をしまくる。
日本に持って帰るもの、ロンボクでだれかにあげるもの、捨てるもの。
マスクを着けて集中しすぎて、お昼を食べるのを忘れ。
気づいたら5時間くらい荷物整理してた。こわ
部屋で作業していたら、後輩隊員が訪ねてきてくれて
「みずさーん。これ、クナンクナンガン(記念品)ですー。」って、ロンボク模様のバティックといわれる伝統衣装をプレゼントしてくれた。
唐辛子と、伝統家屋の模様。
モチーフに唐辛子使っちゃうあたり、やっぱりロンボクは辛い料理が多かった。日本にいたときは一番避けていた辛い料理だったのに、今ではサンバルといわれる辛味調味料がないと物足りない。
これも立派な成長。だと割り切りたい。
目が届くところに貼ってあった、わからないインドネシア語リストも。
訓練所の時にもらった、ロンボク島の地図も。
一個いっこはがしていって、無償にその場にとどまりたい感情になった。
片付けながら、どんどん生活感がなくなっていく部屋を眺めて、切なくなった。
作業が落ち着いて、なんだか物思いにふけりたい気分でスタバでぼーっとしてみたりしている。そんでガラスから見える夕やけ空。
なんなんだこれは。ふけっちゃうじゃないか、このシチュエーション。
部屋の片づけとともに、ここの生活も整理された気分。気持ちがベリベリと引き離された気分。とてもじゃないけど、断捨離でテンションなんてあがらんかったな。
あとはトランクに詰めるだけ。
ロンボクの暮らしも残り5日。今日は無償にさみしい。
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4日間も休みかー。暇かなーなんて思ってたけど、あっという間に過ぎてしまった。
今週末は土日とも予定があるため、早めに動いておこうって今日は断捨離をしまくる。
日本に持って帰るもの、ロンボクでだれかにあげるもの、捨てるもの。
マスクを着けて集中しすぎて、お昼を食べるのを忘れ。
気づいたら5時間くらい荷物整理してた。こわ
部屋で作業していたら、後輩隊員が訪ねてきてくれて
「みずさーん。これ、クナンクナンガン(記念品)ですー。」って、ロンボク模様のバティックといわれる伝統衣装をプレゼントしてくれた。
唐辛子と、伝統家屋の模様。
モチーフに唐辛子使っちゃうあたり、やっぱりロンボクは辛い料理が多かった。日本にいたときは一番避けていた辛い料理だったのに、今ではサンバルといわれる辛味調味料がないと物足りない。
これも立派な成長。だと割り切りたい。
目が届くところに貼ってあった、わからないインドネシア語リストも。
訓練所の時にもらった、ロンボク島の地図も。
一個いっこはがしていって、無償にその場にとどまりたい感情になった。
片付けながら、どんどん生活感がなくなっていく部屋を眺めて、切なくなった。
作業が落ち着いて、なんだか物思いにふけりたい気分でスタバでぼーっとしてみたりしている。そんでガラスから見える夕やけ空。
なんなんだこれは。ふけっちゃうじゃないか、このシチュエーション。
部屋の片づけとともに、ここの生活も整理された気分。気持ちがベリベリと引き離された気分。とてもじゃないけど、断捨離でテンションなんてあがらんかったな。
あとはトランクに詰めるだけ。
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10/14/2016
帰国準備
【帰国まで15日】残念に終わった報告会だけど。
離任まで今日でちょうど1週間。なんだかここ最近ずっとバタバタしてる。
歯医者に最後のリテイナーを取りに行ったり。
職場のおみやを大量生産したり。
VCが来ていたので、一緒にご飯を食べに行ったり。
後輩隊員と一緒に、ロンボクでやり残したことを。
最初はずっと無視されてたけど、2年かかって最後の最後にハグをさせてくれた子。うれしい2年の成果
作りすぎて干す場所ない
月曜日に職場での最終報告が終わった。
協力隊の最後に誰もが思い描く、「いい雰囲気」とはほど遠く。
約束の時間に職場はだれもおらず、1時間ずらして開始した報告会。「とりあえず手が空いてる人は参加するように」と言われて集まった数人の同僚たち。
最後のフィードバックも、「特にいう事は何もない」と言われる始末。
そんな態度でも「後任はいつ来るんだ」とJICAにせがみ、
「今回はこれでいったん終了ですよ」と説明を受けた部長たちは、「なんでだ」「次は〇〇がほしい」と口だけは達者。
できなかった活動を報告した際に、「配属先からの承認が降りなかった」と言った瞬間の。3人目のカウンターパートの焦りようも。局長を前にした、あのアタフタぶりと言い訳も。
やっぱり、あなたでしたか。と。
あれだけ確認しても
「今局長に確認してるから!私も話が進まなくてストレスためてるのよ」
というコメントも、嘘でしたか、と。
最後まで寂しかったさ。
結局最後まで同じ方向を向くことができなかった私は
最後のコメントで「ロンボク人の彼氏ができなかったので、早く探してすぐに戻ってきたいです」と言うのにいっぱいいっぱいだった。
でもごく一部。私の最終報告書を読みたいと連絡をくれた同僚がいて。
「報告書すごくよかったよ。みずのレポートが、ロンボクの発展の糧になることを祈ってるよ」とSMSをくれたりした。
これが最後だから。
大丈夫。
それでもここに2年間いたから。
そんな態度であっても、もう大丈夫。
よく頑張ったぁ、2年間。とおもう。
色んなことがあって、そのたびにここにつづってきたけど。本当によくやった。
何もできていないけど、2年間ここにいた。
それだけで今の私には十分、頑張ったと思う。
1週間前にして、毎日瞬殺ですぎていく日々に
ふと職場最後の日を考えたりする。
最後だから、握手ではなく。
ほっぺを交わすあいさつ。
同僚たち一人ひとりの顔がうかんで、
あぁ、だめだ。
きっとだめだ。
きっと私は最後の日に、一人ひとりに挨拶をしながら
泣いてしまう。
一回だって仕事をしてる姿を見た事がない同僚も、
いつも怒っているイブも
お調子者の元部署のスタッフも。
それでも私にとっては大事な人たちなんだ。と思う。
ネガティブな気持ちになろうと思えばいくらでもなれるし。
人のせいにすることも簡単だし。
JICAや職場に対して、文句を言おうと思えば切りがない。
でもやっぱり、最後までそれはしたくないなと思う。
ここの体験が、すべてだったから。
それ以上、それ以下でもない。それがすべてだから。
人生の中で財産となるような経験をさせてもらったから。
帰るよ。日本に。
5まわりくらい大きくなったって信じて。
あと15日。
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歯医者に最後のリテイナーを取りに行ったり。
職場のおみやを大量生産したり。
VCが来ていたので、一緒にご飯を食べに行ったり。
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最初はずっと無視されてたけど、2年かかって最後の最後にハグをさせてくれた子。うれしい2年の成果
作りすぎて干す場所ない
月曜日に職場での最終報告が終わった。
協力隊の最後に誰もが思い描く、「いい雰囲気」とはほど遠く。
約束の時間に職場はだれもおらず、1時間ずらして開始した報告会。「とりあえず手が空いてる人は参加するように」と言われて集まった数人の同僚たち。
最後のフィードバックも、「特にいう事は何もない」と言われる始末。
そんな態度でも「後任はいつ来るんだ」とJICAにせがみ、
「今回はこれでいったん終了ですよ」と説明を受けた部長たちは、「なんでだ」「次は〇〇がほしい」と口だけは達者。
できなかった活動を報告した際に、「配属先からの承認が降りなかった」と言った瞬間の。3人目のカウンターパートの焦りようも。局長を前にした、あのアタフタぶりと言い訳も。
やっぱり、あなたでしたか。と。
あれだけ確認しても
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というコメントも、嘘でしたか、と。
最後まで寂しかったさ。
結局最後まで同じ方向を向くことができなかった私は
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でもごく一部。私の最終報告書を読みたいと連絡をくれた同僚がいて。
「報告書すごくよかったよ。みずのレポートが、ロンボクの発展の糧になることを祈ってるよ」とSMSをくれたりした。
これが最後だから。
大丈夫。
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そんな態度であっても、もう大丈夫。
よく頑張ったぁ、2年間。とおもう。
色んなことがあって、そのたびにここにつづってきたけど。本当によくやった。
何もできていないけど、2年間ここにいた。
それだけで今の私には十分、頑張ったと思う。
1週間前にして、毎日瞬殺ですぎていく日々に
ふと職場最後の日を考えたりする。
最後だから、握手ではなく。
ほっぺを交わすあいさつ。
同僚たち一人ひとりの顔がうかんで、
あぁ、だめだ。
きっとだめだ。
きっと私は最後の日に、一人ひとりに挨拶をしながら
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一回だって仕事をしてる姿を見た事がない同僚も、
いつも怒っているイブも
お調子者の元部署のスタッフも。
それでも私にとっては大事な人たちなんだ。と思う。
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ここの体験が、すべてだったから。
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10/13/2016
帰国準備
【帰国まで18日】帰るのね、と。
数時間後に最終報告を控えております。プレゼン準備が落ち着き、最終報告書も印刷完了。
2年間がつまった16ページの報告書。同僚がカバーをつけてくれ、こうやって手元にできたものを眺めるとこれが自分の730日の成果なんだって、ずっしり重み。
赴任してから半年くらいのときに、同じアパートに住んでいる先輩が帰る時こう言ってた。
私「日本に帰る前の今、どんな気持ちなんですか?」
先輩「いやー。明日出発のはずなのに、まったく実感ないよ。」
本当にその通りだなって今思う。
ここを来週発つはずなのに、少しずつ帰国の準備が進んでいるはずなのに。
実感ない。
あと18日。
先週の仕事終わり、ずっと仲のよかった同僚2人が「お別れ会」と称して、近所から車を借りてきてアヒルをグリルしたもの(Bebek Bakar)を食べに行った。
クチバシは落とされてるけど顔つきの、首がえらく長い、フォトジェニック?な料理でした。
「蛇みたいだねー」なんて言って悪戦苦闘しながらおいしくいただいた。
首がぐるーんと腕の中へ巻かれている。
食べ終わった後に、同僚から
「もう終わるね、任期。どうだったこの2年間」と聞かれた。
それを言われた瞬間に、「あ、私帰るんだ」ってふいに思って、言葉に詰まった。いつも通り冗談ぽく、「色々あったよ~」なんてとりあえずは答えたけど。
一瞬にして寂しくなる。
別の日に、活動関係でよく訪れていたシェラトンホテルに顔を出した時。
お世話になったインドネシア人から、ケーキのサプライズプレゼントが。
たった一言だけど、「お疲れ様でした。」と言われて、やっぱり「帰らなきゃいけないんだ」って思った。
いつまでも夢の中にいる脳内に、少しずつ現実にひき戻るというか
周りがそうやって送り出してくれて。
帰るのね、と。
ちょっとずつ、理解してきている今日このごろ。
今日が終わったら。
私のロンボクでの役割はもう終わり。
最後のお仕事を、ちゃんと終わらせよう。
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2年間がつまった16ページの報告書。同僚がカバーをつけてくれ、こうやって手元にできたものを眺めるとこれが自分の730日の成果なんだって、ずっしり重み。
赴任してから半年くらいのときに、同じアパートに住んでいる先輩が帰る時こう言ってた。
私「日本に帰る前の今、どんな気持ちなんですか?」
先輩「いやー。明日出発のはずなのに、まったく実感ないよ。」
本当にその通りだなって今思う。
ここを来週発つはずなのに、少しずつ帰国の準備が進んでいるはずなのに。
実感ない。
あと18日。
先週の仕事終わり、ずっと仲のよかった同僚2人が「お別れ会」と称して、近所から車を借りてきてアヒルをグリルしたもの(Bebek Bakar)を食べに行った。
クチバシは落とされてるけど顔つきの、首がえらく長い、フォトジェニック?な料理でした。
「蛇みたいだねー」なんて言って悪戦苦闘しながらおいしくいただいた。
食べ終わった後に、同僚から
「もう終わるね、任期。どうだったこの2年間」と聞かれた。
それを言われた瞬間に、「あ、私帰るんだ」ってふいに思って、言葉に詰まった。いつも通り冗談ぽく、「色々あったよ~」なんてとりあえずは答えたけど。
一瞬にして寂しくなる。
別の日に、活動関係でよく訪れていたシェラトンホテルに顔を出した時。
お世話になったインドネシア人から、ケーキのサプライズプレゼントが。
たった一言だけど、「お疲れ様でした。」と言われて、やっぱり「帰らなきゃいけないんだ」って思った。
いつまでも夢の中にいる脳内に、少しずつ現実にひき戻るというか
周りがそうやって送り出してくれて。
帰るのね、と。
ちょっとずつ、理解してきている今日このごろ。
今日が終わったら。
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10/10/2016
帰国準備
【帰国まで22日】帰国後の準備とお別れの準備。
いつかまたの機会にご報告できればと思っていますが、帰国後の進路について。
実は今年の4月くらいに進路をきめ、帰国後に働く場所が決まっておりました。有り難いかぎりです。
国連職員を目指すために協力隊に応募して。
活動を進める中で気づいたことがあって。
私はやっぱりビジネスの世界で生きていきたいなって思った。
そういう気づきがあったという面でも、この2年は色んなことを考えさせてもらういい機会だった。
10月に入っていよいよ「帰りまっせ」となった時に、手続き関係で日本人同士のメールのCCにいれてもらっているのだけれど。
だめだ。
超絶、逆カルチャーショック。
カルチャーショックなのかな。
2年間使わなかった日本語のオンパレードで、いちいち「ん。」となって、メール上のやり取りでさえ、処理スピードが追いつかない。軽くショック状態。
怖い。帰国が怖い。働けるのか不安。
でもこんなのきっとまだ序の口なのよね・・・うぅ・・・。
帰国まで22日。
すべての書類を提出し、あと残すは来週に迫った最終報告会。
プレゼン資料を作らなきゃなと昨日から思っていたのに。もう前日でいっかと脱力モード。
あかん。
その変わり頭の中で忙しいのは、最終日の職場のお土産をどうしようかな。という事。
「日本食をー」とか考えたけど、材料がロンボクでは手に入らないし
クッキー焼こうか、と思ったけどオーブンもレンジもない。
鍋一つでできて、任地で手に入る材料で、欲をいうならば日本ぽいものをずっと探していた。
そんな中出会ったのが、スーダンの隊員さんがアップしてた下記の記事。
腕まくりをしてアフリカの地に立つ~人生は夢ばかり~

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実は今年の4月くらいに進路をきめ、帰国後に働く場所が決まっておりました。有り難いかぎりです。
国連職員を目指すために協力隊に応募して。
活動を進める中で気づいたことがあって。
私はやっぱりビジネスの世界で生きていきたいなって思った。
そういう気づきがあったという面でも、この2年は色んなことを考えさせてもらういい機会だった。
10月に入っていよいよ「帰りまっせ」となった時に、手続き関係で日本人同士のメールのCCにいれてもらっているのだけれど。
だめだ。
超絶、逆カルチャーショック。
カルチャーショックなのかな。
2年間使わなかった日本語のオンパレードで、いちいち「ん。」となって、メール上のやり取りでさえ、処理スピードが追いつかない。軽くショック状態。
怖い。帰国が怖い。働けるのか不安。
でもこんなのきっとまだ序の口なのよね・・・うぅ・・・。
帰国まで22日。
すべての書類を提出し、あと残すは来週に迫った最終報告会。
プレゼン資料を作らなきゃなと昨日から思っていたのに。もう前日でいっかと脱力モード。
あかん。
その変わり頭の中で忙しいのは、最終日の職場のお土産をどうしようかな。という事。
「日本食をー」とか考えたけど、材料がロンボクでは手に入らないし
クッキー焼こうか、と思ったけどオーブンもレンジもない。
鍋一つでできて、任地で手に入る材料で、欲をいうならば日本ぽいものをずっと探していた。
そんな中出会ったのが、スーダンの隊員さんがアップしてた下記の記事。
腕まくりをしてアフリカの地に立つ~人生は夢ばかり~
『食べられる宝石』と呼ばれる和菓子を知ってる?喜ばれる手土産にぴったりで、簡単に作れるよ!
これだー!
琥珀糖と呼ばれる和菓子、任地で手に入る材料で簡単にできる!なおかつ見た目が超かわいい。
おやつ作りとか本当にセンスがないから、まずはやってみよう。と急きょ昨日の夜に試作してみた。
まずは材料を買いにまちへ。お菓子の材料専門店であるYAOYAで買い物。
買ったものは、Agar-agar(寒天)、食紅。以上。
ちなみに寒天は日本円で30円、食紅は15円。やすい。琥珀糖はお財布にも優しい。
レシピを見ながら作るけど、そもそも砂糖を計るはかりもないし、5gて書いてある寒天は7g入ってたし、「糸をひくくらい」がどんなもんか分かんないしで
鍋に水と寒天を入れ
火にかけ
混ざったら
砂糖をドバドバーっと入れ
とりあえず混ぜる。
ちょっと沸騰させてみる。7分くらい。
で、完成。ずぼら。
でもなんだかんだすぐに固まってくれて、色んな形で作ってみたら、やっぱりめっちゃかわいい。食べれる宝石と言われるのがわかる!(忘れかけてた)乙女心がくすぐられる!!
ということで完成してからパシャパシャ一人で写真を撮ってたら、カメラロールがこれまたキラキラになって、忘れか(ry 乙女心がキュンとする。
これを1週間くらい干しておくと、表面がパリパリになって完成。できあがるのが楽しみ。
琥珀糖、安いしかわいいしそして何より、蟻がよってこない点は高評価。
ちょっと怖かったけど、ビニールをかぶせておいて朝起きても蟻が一匹もいなかった。
本当におすすめ、琥珀糖。ありがとう、マルヤマさん!
お別れの1週間前に、これを120人分。作るよ。
はい、その前にプレゼン準備・・・。ちょっとだけ、休憩。
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10/06/2016
帰国準備
【帰国まで24日】どんどん食べるよ。
同僚に最終報告書の赤入れをお願いしたら、なんと家で1日で仕上げてくれた。そしてあんなヘロヘロな状態で作成したわりに、赤入れが少なくてハッピーな火曜日。
日記くらいしか書けなかった2年前の訓練所からしたら、なんだかんだ頑張ったんだなあ自分。
「みずー!もう帰ったかと思ったー!」攻撃。
今でも不思議なんだけど、会う人会う人、口をそろえておんなじ事を言う。
こういう決まり文句なのかね。
私「あと2週間だよー。」と答えると、
「お別れ会しないと!」とこれも口をそろえて言ってくれて。
これだけは口だけかな、と私も生返事。
私がお酒飲むことを知っているバパ達は、「焼いた魚を買うから!ビーチでMabuk(酔っぱらう)しよう!」と意気揚々。
それ隠れてただ酒飲みたいだけやん。と心の中では思うけど、有り難いなあと笑顔で受け流す。
2週間。
昨日、書類を提出しようといつもの郵便局に言ったら、見た事もないバパから
「あと何か月?」といきなり声をかけられた。
え、どこで会ったんだろう。とかって頭では記憶をたどりながら、
私「Lagi 2minggu pak.(あと2週間です。)」
バ「Pasti rindu sarapan bu Arex ya(アレックスさんのごはんが恋しくなるね。)」
と言われ、あぁ、いつも食べてる朝ごはんのところかあー。なんて。
私「Iya pak, saya ingin bawa pulang nasinya bu Arex (ほんと、アレックスさんのごはんを持って帰りたいと思ってるんですー)」
なんて笑いあって、とても平和な時間だった。
この郵便局も郵便局で、インドネシア人が長打の列で並んでいる中(税金とか手当の窓口にもなってる)
郵「Mizu, kirim ke Jakarta ya?(みず、ジャカルタに書類送るの?)」
私「Iya, Boleh saya titip uangnya?(そう。お金預けるからお願いしてもいい?)」
と聞くと
郵「Ok, 13rib ya.(いいよ!○○ルピアおいといて!)」と、空いた時間に手続きを進めておいてくれる。
自分が外国人として見られていない事に、幸せを感じるようになった。
離任まで2週間。
事務所ではイブたちから
「ルジャック(フルーツサラダ)作ってきたから食べなさい!」(強制)とか
「ジャジャン(ロンボクのおやつ)食べなさい!」(強制)とか
「カチャン(豆)!ほら!」(強制)
イブ曰く「みずはロンボクに来てやせたから、このまま帰ったら両親が心配する!」らしく、必死で肥やそうと頑張ってくれてる。
家に帰ったらそろそろ食べ収めしたい屋台も行かなきゃだし。
最近は1日5食。
どうりで体重が戻ってきたわけだ。
私、食べるよ。
ここの人たちからの愛情だもん。
最後に向けてくれてるやさしさだもん。
モコモコになっても(モコってササック語で、おでぶ)、日本で絞ろ。
そんな最近。
朝6:30の通勤路。雨季だから、空気が澄んでキレイ。
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10/04/2016
帰国準備
【帰国まで26日】部屋の引き上げ。燃え尽き症候群。
帰国まで26日。
タイトルをカウントダウン形式にしてみているけど、いまいち実感がなさすぎてダメだ。あとで要検討。
今日のビッグニュース。
離任まで3週間を切ったところで、タライが壊れた。
買いに行くのも大きくて大変だし。
1週間に1回、部屋掃除するときに使うくらいだけど、ないと本当に困る。タライ。うーん、使うときはご近所に借りにいこう・・・
部屋の引き上げ。
私の部屋じゃなくて、同じアパートにすんでいた後輩の部屋。
あまり詳しくは書かないけれど、療養のため後輩隊員が日本へ一時帰国していた。検査で入院をしたり、結構しんどそうで。
私はその後輩と同じアパートに住んでいたので、先日「任期短縮をする」と連絡をもらって、覚悟していたけどやっぱりショックだった。
「みずさんが帰国するまでに、間に合わないかもしれません。」と言われていて。
そんなことはどうだっていいよ。
身体優先に、元気になって戻ってきてねって。
結果、任短ということになったけれど、それがいいと思う。
数か月誰も入っていなかった部屋の片づけや、残してた服や書類を処分しました。
この作業を自分も数週間後にやるのか。
服や文房具などはまだ使えそうだったので、自分のいらない服と合わせ、隣の敷地に住んでいるイブへプレゼント。少なくとも選定して受け取ってくれるかなと思ったけど、その場ですべて引き取ってくれた。
片付け、大掃除が終わってからはずっと、部屋にこもって最終報告書をインドネシア語へ。夜は集中力がきれてしまうので、今朝5時半から11時までかけてレーザーフォーカス。
お・・・終わったよ・・・
おおわったああああああー!!!
13ページ!卒論より頭使った!
終わった瞬間、ベッドになだれ込んで。しばらく何もできなくて。
ダンゴムシみたいに丸まって、頭の中にいっぱいになったインドネシア語を抜こうとぼーっとする。
そうするとね、この報告書が自分の中で比重が大きかったから、終わったとたんにさみしくなって。あぁ、これで最低限やらなきゃいけないことは終わったんだって。これでもう日本に帰れるんだって。
急にむなしくなって、泣きそうになる。
二日前に「案外さらさら~!」なんて言ってた自分。こわい
今そのくらい結構不安定やなー。
帰国までのスケジュールは埋まっていて、なんとなく想定内で終われそうなのに、飛行機に乗ったあとのことが全く想像つかない。
あと3週間とちょっと。
どんな気持ちで終わらせればいいんだろう。
そわそわ。今日はゆっくり休もう。
って言ったって、出張報告書も、先月の活動費清算も1週間後に迫った報告会のプレゼン資料もまだこれからなんだけど・・・涙
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タイトルをカウントダウン形式にしてみているけど、いまいち実感がなさすぎてダメだ。あとで要検討。
今日のビッグニュース。
離任まで3週間を切ったところで、タライが壊れた。
買いに行くのも大きくて大変だし。
1週間に1回、部屋掃除するときに使うくらいだけど、ないと本当に困る。タライ。うーん、使うときはご近所に借りにいこう・・・
部屋の引き上げ。
私の部屋じゃなくて、同じアパートにすんでいた後輩の部屋。
あまり詳しくは書かないけれど、療養のため後輩隊員が日本へ一時帰国していた。検査で入院をしたり、結構しんどそうで。
私はその後輩と同じアパートに住んでいたので、先日「任期短縮をする」と連絡をもらって、覚悟していたけどやっぱりショックだった。
「みずさんが帰国するまでに、間に合わないかもしれません。」と言われていて。
そんなことはどうだっていいよ。
身体優先に、元気になって戻ってきてねって。
結果、任短ということになったけれど、それがいいと思う。
数か月誰も入っていなかった部屋の片づけや、残してた服や書類を処分しました。
この作業を自分も数週間後にやるのか。
服や文房具などはまだ使えそうだったので、自分のいらない服と合わせ、隣の敷地に住んでいるイブへプレゼント。少なくとも選定して受け取ってくれるかなと思ったけど、その場ですべて引き取ってくれた。
片付け、大掃除が終わってからはずっと、部屋にこもって最終報告書をインドネシア語へ。夜は集中力がきれてしまうので、今朝5時半から11時までかけてレーザーフォーカス。
お・・・終わったよ・・・
おおわったああああああー!!!
13ページ!卒論より頭使った!
終わった瞬間、ベッドになだれ込んで。しばらく何もできなくて。
ダンゴムシみたいに丸まって、頭の中にいっぱいになったインドネシア語を抜こうとぼーっとする。
そうするとね、この報告書が自分の中で比重が大きかったから、終わったとたんにさみしくなって。あぁ、これで最低限やらなきゃいけないことは終わったんだって。これでもう日本に帰れるんだって。
急にむなしくなって、泣きそうになる。
二日前に「案外さらさら~!」なんて言ってた自分。こわい
今そのくらい結構不安定やなー。
帰国までのスケジュールは埋まっていて、なんとなく想定内で終われそうなのに、飛行機に乗ったあとのことが全く想像つかない。
あと3週間とちょっと。
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そわそわ。今日はゆっくり休もう。
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