とある女子のロンボク730日滞在記✴︎

青年海外協力隊 26年2次隊 観光職 インドネシアのロンボク島へ。派遣前から、続けば帰国後までマイペースに更新してきます。

【ジャカルタでの寝不足の日々と、都会ショック】


インドネシアでは半年に一度、活動についてのディスカッションや、帰国者が報告会をする【隊員総会】というものがあります。




私もこちらに参加するため、8日間ジャカルタにあがっておりました。
キラキラ


1万8千程の島からなると言われているインドネシア。





移動するのに飛行機を使わなければいけないという点で、普段なかなか会えることがない隊員とようやく再会できる、非常に楽しみだった総会です。






ただ、ジャカルタは東京以上に大都会。
地下鉄を作ってるよ




私なんかの島暮らし隊員は、毎回そのカルチャーショックにやられます。



あと今回は公務として上京したので、普段感じることのできないVIP感を味わえました。

1:JICAカードを見せて飛行機を乗ると、座席をいい席で取ってくれた。

(行きも帰りもビジネスクラスのちょうど後ろの席で広々~、足がくめる~)

国際線は、緑のパスポートで通れる専用の通路もあるみたいです。


2:空港からドミトリーまでタクシー

普段50円くらいの乗合バスに乗る私にとっては、ソワソワしちゃう


3:総会に、大使館の方もご出席していただいて意見交換会の時間を設けてもらった

4:大使公邸で、立食パーティーにお招きいただいた

インドネシア協力隊・シニアボランティア・調整員さん・大使・関係職員の方々



そして、8日間の生活はというと、食事をゆっくりとる余裕もないくらいバタバタ、夜は2時~3時ころ寝て、5時半に起きるという生活を繰り返していました。

なぜかと言うと、


1:同期とのおしゃべりで時間が経ってしまう
2:会報誌の委員会に入っていて、その編集作業が結構ハード


6名で、企画・編集・取材・発行まで行う、機関紙委員会

できあがった記事に間違いがないか、チェック!


3:ドミトリーに40人近く集まるので、数に限りがあるシャワーなどの順番待ち笑
今回でドミトリーは満員に。隊員だけで35人



結果どうなるかというと、最後2日は熱が38度近く出て寝込むという、マンガみたいな展開。



しんどかったー。

そして今も長引き、 任地に無事ついた今、布団でうじ虫のようになっています。







今回の総会で発表した、帰国隊員の3名。日本語教師 2名、柔道隊員 1名。 )



やっぱり、2年の活動を終えてからの発表は、ずっしり重くて涙なしでは聞いていることができませんでした。



遅くまで日本語の大会の練習を指導し、いざ大会で優勝した時の気持ち。

その大会に出席したインドネシア人の生徒は、賞金だった奨学金で日本に留学したそうで。




20分という発表で、2年間分のストーリーが凝縮されていた時間。私もそうなりたいな、と強く感じました。









たくさん意見交換をして。



ちょっとだけお酒も飲んで。


おいしいごはんを食べ、


日本語が話せる空間。


美容師隊員に、1年ぶりとなるヘアカットをしてもらいました!




「あぁ、任地帰ったらまた手で食べる生活が始まるんだろうな」

なんて隊員同志で言い合ってたけど、今そうしてみるとやっぱりそれもそれで悪くないかな、なんて思います。






赴任前、去年の12月に参加した総会。
(記事を探すも、総会については触れられていませんでした) 



そして、半年間がっつり任地で活動してからの今回のジャカルタ帰省。



同じ総会なのに、やっぱり感じ方も、先輩や他隊員との関わり方も全く違いました。




インドネシアに来て、8か月目になります。


最初は受け入れられない文化を横目に、反目して一歩引いていた自分自身も。

もう、【やるしかない】という気持ちで。


前を向くしか、道は残されていないんだってようやく気付けた次第です。




あぁ、面白くない記事だな。







一点さっきあったことを書くと。

久しぶりに会った、アパートのお手伝いさん。



なんや、インドネシア語が全くはいってこなくて。



「部屋の床が汚れているから、モップを借りてもいいか」 と言ったのに。



ぐわーーー!と何かを言われ。




Ya!(はい)




というと、なぜか廊下においてあった私の靴を、水の入ったバケツに入れてジャブジャブと洗ってくれたのでした。






あ、あれー。

日向に干されるわたしの靴たち


まずは先に、インドネシア語の耳を取り戻さねば(*´з`)





そしてそして、明日からロンボクに新隊さんが3人やってきます♡



やったやったー♡


ロンボク島、賑やかになりそうです♡



【しあわせの沸点】

なんだか今どうしても書いておきたいなと思うこと。



それは、自分がこっちに来て痛感しているしあわせの沸点のこと。






私は、ロンボクに住んで腹をかかえて爆笑することが増えました。

もちろん悩むことも、泣くことも増えたし、怒りを感じることも日本より多いんだけれど。笑うことはそれ以上。




赴任してたぶん4か月くらいまで、ここでの生活はマイナスの感情でしかなかった。



あぁ、ネズミ。

あぁ、雨漏れ。

仕事しない

歩くだけで痛烈に感じる、現地人からの視線


やめてよ、こっち見ないで。







こっちの【当たり前】を受け入れられなくて、私はロンボクのキレイな景色だけを写真に収めていました。





活動がうまくいかなくて悩んでいた時に。
たぶんナイーブになってたから、感受性が変に豊になっちゃって笑


こっちにしか咲いていない花を見て、「あぁキレイだなあ」とか


考えるのをやめて、ネコを追っかけたり。
あわよくば持ち帰ろうと試みるがことごとく失敗。



赴くままに、ニワトリや犬の写真を撮ったり。

お決まりの時間にお決まりの場所、お決まりの体制で待ち構えている犬様と、今日は草刈りをしているおじさんのお尻が最高にキュートだった



どうでもいい、事務所での日常に意識を向けるようになってから、少しづつ景色が変わった気がします。


右をよく見ると、3匹の馬がふつうに歩いてた。朝陽がキラキラしててキレイな朝の道




 しあわせの沸点を下げたほうが、楽しい!と思えることが増える。

その幸せの沸点を下げるには、【当たり前の幸せ】に気づくことなんだなって感じるわけです。




そんなことを考え始めたら、同僚とのどうでもいいコミュニケーションも私は毎回腹をかかえて転げ落ちるほど楽しくなって。




たぶん同僚も私が爆笑している姿を見て、つられ笑いしたり、わざと笑わせようとおちゃらけたり。 なんだか、そんな爆笑のサイクルが増えた気がしています。







「小雨!」と日本語でいきなり言われて、意味が分からな過ぎて爆笑したり。

同僚が、ドラえもんの鼻歌を歌っているのがかわいくて爆笑したり。




辛い時は、前も見えなくて

どこに出口があるか分からなくて

不安で、一人もがいて



それでも、きっと辛い時にしか分からない何かを通じて、出口に少しずつ向かっているはず。

そして、抜けた所から見る景色はちゃんとキレイだなあ、と自分にとってご褒美になっているはず。



まだ私は山を登っている所で、しんどい道ではあるけれど。
きっと大丈夫な気がしています。



今日も笑っていられる日でいよう。




【プレゼン当日】和解。

昨日、無事にプレゼンが終わりました。




ちなみに、前日まで送れていなかった招待状の行方。



15時 招待状完成
 
どうするんだろうなー。



16時 すべての宅配を終えて、ジャガさん(普段は門番をしている人をジャガさんと呼ぶんだけど、事務所ではなんでもやさん)が戻ってきた!

招待リストがまた減っているのが気になるんだけど、受領印つきで手元に:)

そうか、ここでは郵送システムは使わず、手渡しなのかー。 これもこれで、勉強になったな。




当日、私は同僚に言われた通りにちょっとおめかしして出勤。バティックのワンピースに、髪を結って、眉毛くらい久しぶりに描いて笑


同僚に会った瞬間、



イ「みずー!!チャンティーッ!!!(きれいー)」

え?そう?やだ照れる。





イ「でも、どうせ明日になったらチャンティッじゃなくなるんでしょ!」



そうだけど。このあげて下げるいつも通りの会話が、もはや心地いい笑





プレゼンはというと、自分でもびっくりするくらいに平常心で挑めました:)

懸念していた【集中力がない】状態もなく、なんだかんだ集まった15名程の前で無事完。

はああああ、なんだか17くらい経験値があがった気分。



★今回の振り返り
①もうちょっとオーディエンスの意見を聞きながら進めたかった
②一番大事な所で情報量に欠けてしまい、勢いで終わらせてしまった
③本来もうちょっと参加してほしかった笑

④日本のマーケティングに関するストラテジーや、消費者行動プロセスに興味を持ってもらえた
⑤動画いれてよかった。観光地を映像として見てもらうことで、「ゴミがない、整っている」という印象をイメージしてもらいやすかった


★今回のプレゼンを通してよかったこと
①自分やJICAの存在を、ようやく理解してもらえた
②とある組織の一番偉い人と名刺交換できた
③自分の活動に対して、パーミットがもらえた
④インドネシア語の勉強になった
⑤自分が何ができるか、ようやく同僚に分かってもらえた。



JICAのスタッフにこんなことをいわれた。

「半年間、つらかったと思います。 でも、これからは体力勝負ですよ」



そうか、自分はつらかったんだ。 辛いと言ってよかったんだ。

そんなことを思ったら、なんだかやっぱり涙が出そう。もろくなったなあ





プレゼン後には最後の最後にご褒美が。

昨日、もめたハジさんにプレゼンが終わった後呼び止められた。

実は私のプレゼンに参加してくれていた。



ハジ「君のプレゼンはすばらしかった。日本からメディアを呼んだら、盛大におもてなしをしよう。協力するから、いつでも相談してくれ」



正直、昨日の今日でその態度の裏表についていけてない自分がいたんだけど。
すっごいうれしかったな。


そして、会議に必要不可欠なジャジャン(お菓子BOX)も、同僚が手配をしてくれたり。


私の見えない所で、同僚やスタッフなどいろんな人がサポートしてくれてた。




終わってからは、久しぶりにコンコンと寝て。
今日からは、総会後に実際動くためのスケジュールと報告書を作り。


とりあえず、今月は思い残すことなくジャカルタにあがれます。



感謝!とぅーりまかしー





【いよいよ。明日プレゼン】まさかの対立。


近所の商店。


******

どうも。大波にもまれ。私はもう角もなくつるっつるの丸まるになりましたよ。



スケジュール遅延ながらも、なんとか昨日出したと思ってた招待状。今日確認したら、局長のサインがまだ押されていないから送れてない、ということになってました。


もういいや。調整が必要だった所は、後で私から訪問しよう。




それに重ねるように、今日ちょっとした言い合いに。




私の部署の2番目に偉いおじさん(ハジさん)に、資料をダメ出しされたのです。



机の上に置いてあった私の資料を見て、あんまりうかない表情。
今回の私の資料は、下記のような構成になっていました。


1:自己紹介
2:日本文化紹介
3:課題提議① (どうしたらロンボクに来る観光客数が増加するのか)
4:ロンボクの観光地ごとの課題点
5:課題提議② (観光客増加には、観光開発をしなければいけないか?)
6:やり方を見直そう。 →観光開発の前にソフト面の体制を改めて考える
 (プロモーション方法は?正確なデータを使ってマーケティングをしているか 等)
7:それらを踏まえての私の活動


今回のプレゼンは、配属先に対してではなく、ロンボクの民間事業主。ホテルやレストラン、旅行代理店などが集まる予定でした。
テーマはもちろん、出席者を踏まえて選定しています。




彼が引っかかったポイントは、私が観光地のマイナスポイントを指摘していたこと。



ハジ「みず、ここでの役割はなんだ? 事務所でいつも何をしている?プロモーションで観光局に入ってるんだろう。君が観光地の欠けている点を言うべきではないよ。 プレゼンを聞きに来た偉い人達は、恥ずかしい思いをする」




恥ずかしい?なんで?




み「私のここでの役割は、観光客の数を増やすことだよ。なんで恥ずかしいと感じるの?各観光地にゴミが散々しているのは事実じゃない。ゴミ問題や、しつこい押し売りは、ロンボクの観光でも改善していかないといけない点だと感じてるよ。」





私はハジさんが「恥ずかしい」と言った意味はすぐに分かった。でもやっぱり、「なんで恥ずかしいの?」に対する答えはなかった。

ここの人達は今ある目の前の問題について、【暗黙の了解】的に見過ごしている。



私の配属先、政府機関で働いている人たちは。
目の前の課題なんか、見えなかったことにする。



だから観光局の人達自身が、観光地にゴミをポイ捨てすることができるのよ。
 



そういう、ギャップというか。

大きい組織で頑張ったって、すべてが、世の中が変わるわけじゃないんだ
ロンボクに来て痛感する。

それが分かったから、私は15年以上抱えていた国際公務員になる夢を、ロンボクに来て手放した。





み「恥ずかしいことなんかじゃないよ。インドネシア人がそう感じていても、私は外から来た人、それを無視することはできないよ。」


ハジさんは、結局私の資料を最後まで目を通すことなく、どこかに行ってしまった。





なんで?
この資料を作るまで、同僚にも、JICAのナショナルスタッフにも、カウンターパートにもチェックをお願いした。






やるせなさ、と
悔しさ、と

なんだか、喉元から胸にかけてどっしり重くなる感覚。


何が正解なんだ。
私はなんというべきだったんだ。
外国人だと、自分を区別してはいけなかったんだろうか。


「あ、そっか。じゃあこのページは省いた方がいいのかな?」と柔軟に対応するべきだった?



わかんない。


ホント、このくそまじめすぎる性格どっかいってくんないかな。



あぁ、前日にこんな言い合いなんてしたくなかった。

こんなことで、目の奥がぐーっと重くなるなんて自分の意に反してるんだけど。


泣きそうだ。

【プレゼンまで2日】せっかくなのでカウントダウン

バナナくださーい



******
昨日の土日で資料を作り上げ、今日事務所に入って最終チェックを同僚にしてもらい。



ざっくり頭の中にストーリーは入れ込んだので、あとは本番を待つのみです。




さっき、ようやく私の隣で【招待状】(といっても、各関連組織に出す手紙)が完成。二日前。作っている所をマジマジ観察していると・・・



参加者リスト一覧



リスト数をチェック。 1、2、3・・・

おいおいおい。
JICAから指定されていた組織は4つ。→前々回ブログ【引きこもり宣言】・・・


二日前にして、招待リストがふーえーてーるー。

その数、15組織+JICAスタッフ




二日前だしな、そこまで集まらないよね?と日本語で一人ぶつぶつ言っている私をよそに、同僚は楽しそう。


イ「みず!水曜日までもう少しだね!当日はちゃんとした服を着なきゃだめだよ!」


いつもポロシャツにスニーカー姿の私。冗談で

み「えー!このポロシャツ素敵でしょ~!同じ協力隊員でお揃いで作ったの!これ、ちゃんとしてる服装だと思ってた~」なんておとぼけると、総勢で突っ込み。


イ「それは体操服だよ!!!!」



突っ込み真面目か!
知ってるわそんなこと!



イ「会議室でプレゼンするんでしょ?当日はポンポンもったチアリーダー用意しなくちゃね!!!」

ポンポンのことをポンポンって言ってて、一人くすっとした笑
どこまでも陽気なインドネシア人。


そんな追加されていく招待状リストと併せ、なぜか事務所は大掃除を始めだす同僚たち。


どうやら、JICAスタッフが来ることを聞いて、「事務所はいつもキレイだって言わなきゃだめよ」なんて根回しをされ。


あぁ、同僚たちも色々気を使ってくれてるんだなあとちょっとうれしくなる私でした。



と言っても。
ここずっと張りつめていた私の中での何かが崩壊しつつあって。昨日から体調は絶不調。このブログを書いてる今も、頭痛と腹痛、めまいと戦いながら、「今日は帰らせてもらおうか」と考えながら書いています。



こりゃプレゼン終わったと同時に、本格的に体調崩しそうだなという気配を感るが、終わったらその2日後にはジャカルタで総会に出席。



私、大丈夫かしら。
なるようにしかならないか。


【おーい。間に合うのか?】招待状の遅延と、日本とは違うプレゼン手法



前回のブログで、引きこもり宣言をしました。


例によって、自分の活動の中で非常に重要なプレゼンが、4日後に迫っております。






何やらタイトル、雲行きがあやしい匂い。
とんとん拍子に進むとは思っていませんでしたが、金曜日になって関連組織への招待状が出せておらず



会議2日前に招待状が届くとのこと・・・。



やっちまったなー。そう来たか・・・
JICAからは、配属先に対して半月以上前に連絡が行っていたはず。(関連組織を集めてください、と。)



2日前に招待された所で、普通日本だったら行かないでしょ。
やっぱり逐一確認するべきだったな・・・



まあ、ここはインドネシア

当日まで何が起こるか分からないので、私はもうドーン!と構えるのみです(;_;)






資料を作成するにあたり、日本とは異なることに試行錯誤しているところです。



①インドネシア語(アルファベット)での作成、文字やデザインのルールが分からない


前職が営業職だったもので、パワポいじるのが結構好きでして。日本語だったら、パズルみたいに【この文字】+【この色】+【このアイコン】みたいな感じでお決まりセットがあったんです。


たとえば、文字の色や大きさを変えたりとか。




Q:売り上げを前年度対比125%にするためには




インドネシア語でプレゼン用の資料を作ってみたら、まず見やすいフォントが何か分からない。そこで、いくつか実験してみましたが結局は【Helvetica】というフォントに落ち着きました。

(私は2年間用に安いウィンドウズのPCを持っていているので、Macで常備されているフォントがなくて結構困ってます。フリーフォントをDLしようと思っても、ネットの調子が悪く、それだけはストレス。)



②どう、退屈させないか

これは今まで会議などに参加してきた私の感想ですが、インドネシア人は集中力が短い。会議に飽きてくると、離席や携帯、発表者の前で寝ることなんてふつう。
(私はいつも、発表者がいつか切れるんじゃないかとそわそわしてる。)



私の語学力を踏まえると、プレゼンの内容がつまらなかったらオーディエンスはすぐにでも今日の夜ご飯のことで頭がいっぱいになるでしょう。


ひきつける工夫をしなければいけません。


インドネシアのプレゼン資料は、ハデハデな写真を背景に使ったり、文字もデカデカ、太字にさらに白枠を付ける程主張が激しい。


ので、今回のテーマは【Tokyo Cool】的な感じで笑、あえてシンプルなデザインにしました。 シルエットアイコンは、資料にまとまりが出ておすすめです。







◇そして笑える要素も大切に。







(キャプチャとって客観的に見たらこのページなんかくどいなー。黒太文字の圧力かなー。ちょっと後で要編集) 


 

【PDCAを持って運用をしましょう】といいたいのですが。ここ半年で見たロンボクには、【Plan→Do】の永遠繰り返し。  

CheckとAction どこいってもーたん、ということでCとAに足をはやしてみました
(同僚は笑ってくれたので、本番でも大丈夫だと信じています。)




③日本の文化を紹介したくても・・・

いい機会なので日本文化の紹介を取り入れようと、YouTubeから動画をひっぱています。

ところが動画選びに思ったより時間がかかっています。



「あぁ、これ女性の露出度が高すぎるカットが多いからダメだ!」

「これ、お花見でお酒飲みまくってるやん。だめだ」


など、今まで考えてもみなかった所で頭を使います。

たぶん全然問題ないんですけどね。 ここまで宗教に根付いた生活をすると、私自身が気になっちゃうのです( ;∀;)不思議~





時間がかかるゆーて、YouTubeで久々に見る日本の光景を何回もリピートして、何回も見まくってる私です。


動画を見た感想。

1:日本って殺伐としてる!
2:みんな同じような恰好してる。(ガラガラの服になれて見分けがつかなくなってる?)
3:歩くのはやっ!

スクランブル交差点すごーっ!自分がそこ、普通に歩いていたことがさっぱり信じられない・・・

誰一人遅れてノロノロ歩く人がいないし。話しながらも、うまく距離感を自然にはかってる日本人ってやっぱり集団行動に優れてる。


4: 建物がキレイだなー。寺とかもそうだけど、六本木の森ビルも、都庁も、殺伐とした中に凛とした佇まいを感じる。

5:電車のホームで、当たり前のように並んでいる最後尾に並んだおばあさんを見て、すごーってなって笑った。

6:日本語って、独特のイントネーションがある。
東京駅でお菓子売ってるお姉さんの声が耳に入ってこなくて、【トゥルートゥットゥッルー、ルルー】 って聞こえた。




こっちで資料を作りながら、たくさんの新たな発見!


取りあえず、当日はSantai saja (リラックスして)ですね。

【引きこもり宣告】カウントダウンスタート。観光関連協会との打ち合わせへ

2週間。



とりあえず。2週間。私は引きこもることにした。
このブログは、お休みのご挨拶。あと、自分の頭の整理。
よっぽどむんーっ!となったらたぶんまたすぐ戻ってくるんだろうけど。 


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

今日JICAから連絡がきたのだ。今日からちょうど2週間後、JICAスタッフが私の配属先にやってくる。

いや、スタッフが来てくれるだけならOK。


なんだけど、話がよからぬ方向(たぶんいい方向)に着地した。





PHRI(ホテル・レストラン協会),ASITA(インドネシア旅行代理店協会),SETDA(地方事務局)、BPPD(観光プロモーション協会)と配属先の前で活動についてブレストしましょう」



ん、んんんんん?????
なんか大ごとになってないかい?


私はてっきり、JICAスタッフ(調整員)と、現在失踪中のCPと、まあせめていても観光局長くらいかな~なんて思ってた。



今から想像できるのは、これらの組織をJICAの名前で呼ぶということは、相当の方が参加していただけるということ。50人?100人?いや、それはさすがに・・・






前々回程に書いたブログ→リゾート開発よりも、おじさんを応援したい)。

なんだかんだ4月頃から、配属先とうまくいってない、というか。理解のあるボスが失踪してから、私の活動に対して、興味・関心を持つ人がいなくなってしまった。

しかけた糸はすべて配属先でボールが止まってしまい、八方塞がりとはこのことかとしばらく悩んだ末に書いた記事。



そんな時、私は初めてJICA側に折り入って相談をした。正直に話した。
感情的にならぬよう、「活動について八方塞がりです」と。 それのこたえが、今回の協働MTGということだ。





一人でできる【メディア誘致】よりも、やりたいことがたくさんあった。地元の人たちや、今回の民間事業主(ホテル組織とか)と一緒に活動したいことがあった。でも、配属先はDINAS(局)以外で何かをすることを、あまりよく思っていないよう。







2週間後。チャンスなんだ。これとない、チャンス。


そう思う自分と、

ちょっと怖気づく自分。

人数うんぬんとか、インドネシア語でプレゼンをすることよりも。

自分の考えていることが、受け入れられるのだろうか。

理解をしてもらえるのだろうか。



そういう、不安。




赴任して半年。その日をきちんとスタートラインに結び付けよう。


大丈夫。大したことない。



資料を・・・・とりあえず資料を・・・・
あとは、えーなんだ。

私が落ち着くことからか



2週間後、ここできちんとご報告できますように。


心の底で応援お願いします。

ざざざーっと最近あったことのおさらい

3日に1度ペースで頑張って更新しようとしているが(自分の中での勝手な目標)、大幅に遅れが。




本当は一個一個、ピックして書きたいんだけど色々ありすぎてカオスになってきたのでざざざーっと。







①私の活動のパートナー(CP)失踪
どうしよ。行方いまだ分からず




②一番活動について、理解をしてくれてた別部署のボスが失踪
色々連れて行ってくれてたボスだった。事務所の許可をとらずに他の職場に移ってしまたらしい。




インドネシアのボス失踪しすぎ。



③ボスが失踪したことにより、息子からの強烈なアプローチからようやく解放
19歳のまだ大学生の熱心な男の子。ボスとの付き合いもあったから割に大変だったエピソード




④GW中に高校の時の先輩と、中学からの友達がロンボクに来てくれた

  海行ったり、クバヤを作ったり。ロンボク料理食べて、船乗って。
トラワンガンの海。あおーい

オーダーメイドだよ。素敵なドレスができるといいな♡

先輩たちからの日本のお土産♡


中学の友達がロンボクの海をイメージして作ってくれたピアス♡
お土産に鍋のキューブとヨックモックのラングドシャ♡




⑤マラウィで頑張ってる訓練所の同期と電話ができ、彼女がマラウィアン髪型になってて秒速でテンションがあがる
数分後電波が悪くて、髪型突っ込んだだけで会話終了。





⑥マックを初めて食べて秒速でテンションあがる。が味が薄くてさらに秒速でテンション下がる。
最後に分かったけど、自分の味覚が変わってることに気づいた時のショックは隠せない





⑦部屋の電気代が切れて、土日はチャージできず2日間電気なしで過ごす
明るいところを求めて、ここで読書





⑧夢について真剣に考えた。
小学生の時から描いていた夢があった。協力隊もその夢のために通らなければいけない道。でもここに来て色々考えさせられることがあった。





とりあえず、今月末からはジャカルタに上がるんだけど。CPいないからサインもらえない。




そして、総会終わってロンボクに戻るころには、イスラム国家で断食のシーズンが始まり。


あれよあれよ7月になる。


7月は山に登ったり。中旬のラマダン明けは、一週間程休みになる。(日本でいうGWみたいな長期休暇)



気づいたら、8月か。




どこにいくかな、私の人生 



どっちが私の腕でしょう

リゾート開発よりも、おじさんを応援したい。

下を向いて歩いている時に、たくさんの花を見つけた。

自分が考えている世界っていうのは、本当に一部なんだなって思う。ちょっと広げてみたら、こんなに素敵な光景だったんだなって思う。




ちなみに、下を向いて歩いている時、溝を通過する1m程のコモドドラゴンみたいな大トカゲもみつけた。
ロマンティックだけじゃない、私の人生。さすが




すっかり活動についてご無沙汰している。

何度も書こうと思った。けれど、活動についてとなるとどうしても書くエネルギーが不足してしまう。
この一か月、悩みに悩んだ1か月だった。八方塞がりの一か月だった。



どうしようもなく不安になって夜も寝れなくなって、夜な夜な起き上がってはその時の気持ちを忘れるために本を読み漁った。


本当にしんどいと思った時。


私は「書く」ことで立ち直ろうとした。

「読む」ことで、忘れようとした。

「歩く」ことで、目的を見出そうとした。


ごまかしがきかないシンプルな環境の中で、自分と向き合った一か月。



想像通り、しんどい道だ。
職場の誰からも理解されない環境で、仕事を0から創り出すというのは、やはりそう簡単にはいかないか。


私がここにいる意義を、きちんと理解してもらいたいと思う。

そうしてわかってもらえるだけの下準備に追われる毎日。
この半年、自分が何をやってきて、こういうことを考えているんだってことを、16ページにおよぶ報告書をもって
きちんと話したいと思う。





悔しい、悔しいじゃない。


試験を受け、仕事をやめここに来て。

「あなたには何もしてくださらなくて結構ですよ」という、JICAの名前だけを必要としている配属先。


だからと言って、いちいち落ち込んでなんていられない。
やりたいことも、やらなきゃいけないこともたくさんあるんだもの。


ロンボクでは10年スパンのリゾート開発が動いている。
国家プロジェクトで土台は既にできあがっている。
(公開されているので、気になる方はマンダリカプロジェクトでどうぞ)


私は、開発予定地で今頑張っている、伊勢海老漁をしているおじさんのために何かしたいと思う。

遊園地や、レース場を造ろうとしている政府のために頑張るんじゃなくて
それを、地元の人達が望む形で着地できるようにしたいと思う。




今の自分のしんどさが続くことはない。26年生きてきて、それはもう実証済み。

それより、自分の意思以外で力づくで何かをあきらめなければいけなくなった時。
一生をかけて後悔をする人、傷つく人、たくさんいる。


そんな私の小さなたわごとは、政府機関である配属先には届かないだろうか。


八方塞がり、こういうこと。
もう少しかかりそ、でも、最後まで理解されなくたって、ここ以外に賛同してくれる人はたくさんいる。


とりあえず今できることは報告書を早くおわらせること。
次こそ、配属先の上の人達にきちんと伝えよう。


いったいいつになったらスタートラインにたてることやら。



【インドネシアに住んで分かった、本当のネズミ退治の仕方】

最近、自宅に人間以外の来客が多い。


トリが迷い込み、救出ののち変になつかれてしまった。



今日は、そんな中でもネズミについて。かれこれ2か月程前から悩まされていたネズミ被害。

(→①寝れない夜が続きます
(→②帰ってからの参事とか、よく使われるインドネシア語とか

夜な夜な起こされ、さらには排水溝を食べられ、1か月程ネズミと格闘。


インターネットで調べるも「ネズミバスター」業者に頼むのが一般的なようで、私はアパートに住んでるし「なんか仰々しいな」と思い、手をつけられずにいた。



そこでいろんな手を使ってついにこの一か月、ノーネズミ!を達成した私の、私なりのネズ公退治方法をご紹介、な記事。


(歯科矯正ブログに続き、どこに需要があるか分からないが。私はこの地でいろんなことに悪戦苦闘しています、ということだけお伝えします。)


本当のネズミ退治の仕方、結論から申します。


【結論】
ネズミ退治の薬は使うな!

もうこれだけです。



■ネズミ退治の薬
インドネシアで主流なものは、下記の2つ。


















①ピンク色した毒々しいエサ。(実際毒。)
②生きたままホイホイできる、粘着テープ。






これを使って私が起こした悲劇と、実際自分がやった退治法をご紹介。



【薬使わなきゃよかった談】

→毎日来るようになり、ネズミのルート構築。

排水溝から来ることはわかっていたので、ふもとにホイホイを置き、そのうえにエサをまく。

この作業を続け1週間、エサだけたべられ、ネズミはホイホイされない。



与え続けることにより、「ここにはエサがある!」と認識した方たちが、毎日来るように。
結果、これが更なる悲劇をもたらす。結果は後ほど。




ホイホイ→え・・・生きとるやん

すっかり目覚めのルーチンとなった「ホイホイチェック」。
いつものように、いない気満々でホイホイを見たら、無事にホイホイされてた。


ぼかしてます。

朝の5時、私は一気に高血圧、朝の眠けなんか吹き飛んで、いったんは見なかったふりをする。

ただ見逃すわけにはいくまい。


いや~。しかし、生きてる。逃げる気なのか、どくのせいなのか痙攣?してる。完全な誤算。でも仕方ない。やるしかない。




目が合うのが怖かったので、私はネズミにティッシュをかけた。チューッ!と鳴いた。いやああああぁぁぁ



早急にビニール袋に入れて、部屋をダッシュで走り、外にあるゴミ箱へ。
ゴミを回収してくれるお手伝いさんをビックリさせちゃうかな、と思って


「Ada Tikus. masih hidup(ネズミがいます。まだ生きています)」という紙を置いておいた。






でもやっぱりちょっとすがすがしかった。これで、ネズミとの戦いは終わりだな、と。





朝の一件ですっかり安心しきっていた私は、いつものようにお昼ご飯を作りに事務所から家へ帰宅。

到着後、すぐに異変に気づく。


部屋のフローリングに、ヘビが這ったようなニョロニョロとした跡が。裏口から続く跡をたどると。




遠目でネズミの写真出るよ~↓↓

ひいいいぃぃぃいぃ!!!!!!!!



いたよ、部屋の隅っこに巨大マウス。コロっと横になり、お亡くなりになられてる。

ネズミよ。なぜ最後の死場に私の部屋を選んだのだ。

勝手な分析だと、私が毒を与え続けネズミルートが既に確立されていたことが影響している。


ちなみにこの日はネズミだけではなく初めてGが出た。ひっくり返ってピクピクしているやつ。
彼もきっと毒を食べたに違いない。




これ、すべて一日で起こったこと。本当にまいった。日本に帰りたいって思った。




こっちで売られているキットを使っても、いいことなんて一つもない。


そこで、私はエサを与えることをやめ、ネズミが入ってくる外の排水溝をふさいだ。 
(なんで最初から気づかなかったのだろう・・・)


水だけが排水されるよう、若干隙間をあける。

これだけで、それ以降ネズミは一匹も現れなくなった。



問題を解決できるのは、問題の根本がどこにあるのかを見つめること。
便利な武器にばかり頼っていたら、それは問題と向き合ていることにはならない。


【ご提案】
排水溝をいっそふさいでみては?


[2016年7月追記]
排水溝をビニールでふさぐと、ビニールをかじって再度家の中に入るようになりました。
今はまな板を排水溝に設置しています。
また、よくある防虫剤(タンスにゴンみたいなの)を蒔いておくと、ネズミが来なくなりました!
インドネシアではコンビニとかで売っている防虫剤(超タンスの匂いがするやつ)、おすすめデス!