【観光マップ作成の道のり】地味で地道な第一歩。
グランパ(おじいちゃん)と呼ばれている、貫禄のある赤ちゃん笑
********
(過去ブログ:書いたり書いてくれたり)
記事→Indo trip Final
なんや、こっぱずかしい気持ちはあるのですが。遠く離れた友人のブログで、こんなヒトコト。
”10年以上友達であるみずほと海外で語り合うことができるなんて本当に幸せだった。”
これね。泣いてもいいですか。
というかね、泣いたよね。
あと同時にこんなメッセージ。
”Life is what you make.
There's no good or bad in life. ”
これもね。
こんなに自由な生活をしていといて、私は結構人の目を気にしてしまうのです。
本当に友達に恵まれてるなぁと思う。感謝
**********
ということで、不安を抱えながら始めた観光マップ作成。
協力をいただける、通称ヒゲさんとマタラムのとあるカフェで打ち合わせをしました。
たくさんの例を持ち寄って、あんなのいいよね、とか。このデザインでどうだろう、とか。
観光マップを作る上で大事にしたかったのは、デザイン性。
この前どこかのニュースで、今注目の清澄白河の観光マップ「Route」が人気だという記事が目にとまりました。
(リンク乗せようと思いましたが、既に無効になっているようです)
手に取ってもらうデザイン性だけではなくて、コンテンツであったり。地図って、ヒトコトでくくってしまうとそれまでだけれど、その裏の物語とか、観光が終わった後も思い出で家に飾ったり。
一個一個の旅の思い出を大切にすることで、「また来よう」っていうお客さんも増えるかなって。
っていうことを、インドネシア語で同僚に説明できればいいのに・・・
早速何パターンかラフを出してもらいました。
やっぱり日本人と仕事をするの、楽だな・・早いな・・・感激することばかりだな・・・・
感謝でしかいな。
そして、私は元データを探し当てることができなかったので、過去データの文字起こしをひたすらしています。
地道ー。
他にやり方ないのかなー。
次こそは、配属先のPCにきちんと保管しておこう。
ここから、文字あてと写真選定、細かいデザインを調整していきます。
まずはこの大量の文字お越しを終わらせなければ・・・
始まったばかりですが、なんとかラマダン中に形にしたいなあ。
事務所の同僚との写真。この写真、家族っぽくてすごい好き
6/26/2015
協力隊活動
【悪戦苦闘しながらロンボクの観光地図を。】
A lucky cat
*********
ずーっと前、たぶんかれこれ半年くらい前から、配属先に「作って、作って!!」とノリノリで言われた。
ところがどっこい。
いざ作ろうとしても、誰もどこに発注しているか分からなかったり、お金を誰が負担するかもめたり。そして、地図の元データを誰が管理しているか分からなかったり。
作って!=やり方は分からないけど、なんとかして。
①予算の話を解決するため、見積もりをとろうとする→発注してる会社を探す→誰も知らない
②ボスにスケジュールと予算の話しをしようとする→私もジャカルタ、ボスも病欠で1日だけ顔あわせたけど、なんだかんだ4週間くらい会えない
③元データを探す→誰も知らない→昔日本人会の方が作ったと知る→会って確認する→印刷会社で直接作ったらしくデータ保管していない→会社に確認する→誰も知らない
こんな感じで、だいぶ遠回りしたけど大きな収穫がなかった。
それに後で絶対もめるもの。絶対条件としては見積もりを取りCP(ボス)に予算の話しをしたうえで動きたかった(..)
そんな中、期間はラマダン(断食)に突入。学校訪問をしたかった私は、事前に書類を配属先にお願いしていたのに、CPとはすれ違いが多かったし、学校は休みに突入してしまったし。
もうね、タイミングを見計らうの、やめた。
何も進まないもん。そして同時につかれる。
後でもめるとは思ったけど、何もしないよりマシかなと、動き出すことにしました。
取り急ぎイブに確認。口頭ベースでちょっと怖いけどこうまとまった。
・予算 :配属先から
・発行部数:とりあえず500部
・内容 :ロンボク島だけではなく、隣島のスンバワ島を載せること。
スンバワ島。ロンボク島に設置するのに。なんで隣島の地図を載せなきゃいけないのさ。
何度もイブに交渉した。空いたスペース分、ロンボクの情報を加えたい。
(ロンボクだけの地図も中にはあるんだから、こだわる必要性はなさそう)
でも、私の配属先の管轄がロンボクとスンバワ島なので、ここは譲れないらしい。
めっちゃ小さくしてラフを出そう。
そして、もう一つ問題だったのが地図の元データがないこと。元データさえあれば、なんとか作成できると思ったけど。
ということで、ロンボクに新隊さんで来たカメラマンさんに頼んで一緒に動くことに。彼はフォトショをいじれるので、元データなくてもなんとかなりそうです:)
こうしてようやく始まった地図作り。
正直、これからたくさん揉めそうではあるんだけど。そして不安でしかないんだけど・・・笑
断食明けまでには完成し、ホテルや空港に設置しに行きたい所です。
6/24/2015
協力隊活動
【断食開始】断食に参加してみた。
”中東各国、18日にイスラム断食月入り”
中東各国で18日、イスラム教のラマダン(断食月)が始まる。信者は期間中、日の出から日没まで飲食などを控える。
‐時事通信より‐
ということで、イスラム教のインドネシアも昨日から約一か月の断食が始まりました。
断食と言うと、一か月何も食べないのか!?と聞かれることが多いのですが。そんなことはなく。
日が昇る前のアザーン(お祈り)までに、サフールと言われる食事を済ませ、日が沈んだお祈りまで、水・食事・タバコなどを絶ちます。
だいたい15時間くらい?の断食を1か月続けるというイメージですかね。(サフールをとる時間は人によるので)
事務所では、「みずは参加しなくていいよ」と言われていますが、もちろん参加。
ちなみにインドネシア人は小学生のころからトレーニングを行うので、私は水だけはOKという独自ルールのもと行います(..)
★Mulai Puasa(ラマダン開始)★
6:00 起床
寝坊。5時前のお祈りの前にサフールしようと思ったのに、普通に寝坊。 あきらめ、コーヒーだけ飲んで事務所へ
(この時点でもうアウト)
7:30 通勤
学校がラマダン休みになるため、朝の道がびっくりするくらい空いてた。
8:00‐11:00 事務所
ラマダン期間中は、配属先も時間短縮。同僚は新聞読んだり、携帯いじったりで時間をつぶす。
12:00 暇なので街の様子を見に行く
屋台も、カフェもどこも営業をしていない。空いているのは、マックかパン屋さん。
マック。カーテンですべてしきられ、食べている所が見れないような配慮。店内も真っ暗でした。
パン屋さんは1/4だけ空いてた。モゾモゾーっと入って、コソコソーっと買い物をします
お昼に出かけても、どこにも食べるものがない・・・
14:00 帰宅
まだ大丈夫。ジムの申込みをしようと思っていたけど、暑くて体力を消耗してしまうので、家に引きこもることに。
東京カレンダーという、私が大好きな食に関するサイトを見る。叫びたくなるんだけど、それでも見てしまう。
15:00 頭がぼーっとする
15:30 耐え切れず、先輩がくれたこぶ茶を飲む。
私的に断食中はアウトなこんぶ茶。コーヒーよりはまだOKかなとホッと一息♡
空腹を紛らわすため、マチの様子を見がてらコンビニへ
コンビニで買った、断食セット。家の中で食べれるお粥と、パスタソース
外は本当に静かで。みんな家の中で体力を温存しているのかしら。
17:00 頭が痛くなってくる
ベッドで横になりや休む
18:30 ようやくごはん。(朝食べれていなかったので、24時間ぶりの食事)
サンドイッチとシュウマイ笑
事務所はというと、省エネモード。いかにエネルギーを使わないか、を重要視。
本当はこの期間で、ロンボクの地図の見積もりを取って、発注までしたかったけれど。
ボスも体調不良で1週間休んでいたり、と。私の活動も省エネモードに切り替えることにしました。
ようやくの夜ご飯はプアサ終了の合図があるまで、待ち遠しくて。
私は用意していた夜ご飯のパンを目の前に、手を洗い、トイレを済ませ、今か今かと食べることを楽しみにしていました。
1日目の断食の感想は、苦しい。そして食べもの、インドネシア人に対する感謝。
当たり前のように目の前に食べ物があって、おいしいものを選ぶようになって。
いつの間にか、食に対する感謝って、そういえばしてたかなー。と思いながら、パンに手をつけました。
一食一食に、携わってくれたすべての方に、そして命を捧げてくれた動物や生き物に、【いただきます】【ありがとう】と思える人間でありたいな、と。
また断食や、イスラムの考えで【食べ物の大切さ】を理解しているインドネシア人が、他人に食べ物を与える、ということ。その意味を、今回の断食を持って痛感しました。
イスラム教のインドネシアに赴任が決まった時、正直「うーん、イスラム教か」と思う自分。
頭の中にあった、授業を通じての断片的な知識で来てしまった私。
でも、生活を通して感じるイスラム教は、たしかにルールや規律が多いけれど。
私は純粋に、インドネシア人がモスクでお祈りをしている姿を見て、「あぁ、キレイだなあ」と思ってしまうし、アラビア語は、なんて美しい響きなんだろう、と日々新たな発見をしています。
よかったなあ、ここにこれて。
まだまだ始まったばかりのラマダン。
体調を壊さない程度にトライします。
プアサ前に、食べ物を同僚とシェア
6/19/2015
生活
【村に行って、地酒のボトルを3本空にし、踊りまくった話】
事の発端は、私がジャカルタで豚肉をたべた!と同僚に報告したことだと思う。
その報告をした時の私の顔は、きっと嬉しそうだったんだろうな。
それからヒンドゥーのバパが、私にどうしても豚肉を食べさせてあげたい、と家に誘ってくれるように。
そうそう、こっちでは初対面の人にも「あなた宗教は?」と聞く。
今では私も聞く。
インドネシアは、90%近くがイスラム教信者なんだけど、私が住んでいるロンボク、とりわけマタラム(首都)は、ヒンドゥー、華僑、キリスト教など様々で。
私も、信仰している宗教によって豚肉とかお酒の話しは自分からしないようにする。
日曜日の夕方、チャクラヌガラといわれる、ヒンドゥーエリアへ:)
バリでよく見られる、ヒンドゥー独特の寺院には、既に何人か集まっていてお祭り?騒ぎ。
夕方だったので、女性はもういなかった
村(コミュニティ)単位で、こうやって集まるチャンディ(寺)があって。
突如来た日本人でも、とてもウェルカムしてくれた♡
念願の豚肉♡豚肉のサテがめっちゃおいしかった!
豚のヒヅメ
ヒンドゥー教の人たちが飲むお酒、【トゥアック】と言われるヤシの木からできた自然の地酒で乾杯(*'ω'*)
アルコール度数はそこまで高くないんだけど、飲み方はコップになみなみついで、誰かとグラスを鳴らしたら一気に飲み干すというルール。
そして、気づけばこのボトルを一人で3本あけていました。(一人でボトル抱えていたわけではない、決して。)
つがれる
さすがに夜帰ってからは一人で死んでいたのだけれど
イスラムで禁止されているお酒を、インドンシア人と飲む、という一つ夢が叶って。とっても幸せでした。
そのあとも、バパたちにバリ舞踊を教えてもらって、ガムランと言われる大音量の音楽に乗せて踊ったり。
村の子どもたちにちょっかい出したり。
刺青してる怖そうな村の若者たちも、みんないい人
私は首都隊員で、一人暮らしをしているということもあり、こういう関わりを求めていました。
何かすっごい大切な話しをしたわけではないけど。楽しかったなあ
うれしかったことは、誘ってくれたバパが次の日も来い、と電話をくれて。
村のみんなが、みずを待っている、と。
さすがに胃がまだ痛くてうまく断りましたが、早速次にまた行ける日が楽しみな今日でした
(写真を見るだけだと、男性だけでちょっと怖いけど、お祈りが終わった20時ころからはイブや高校生の女の子が来て一緒に踊りました!のでご心配なく!笑)
その報告をした時の私の顔は、きっと嬉しそうだったんだろうな。
それからヒンドゥーのバパが、私にどうしても豚肉を食べさせてあげたい、と家に誘ってくれるように。
そうそう、こっちでは初対面の人にも「あなた宗教は?」と聞く。
今では私も聞く。
インドネシアは、90%近くがイスラム教信者なんだけど、私が住んでいるロンボク、とりわけマタラム(首都)は、ヒンドゥー、華僑、キリスト教など様々で。
私も、信仰している宗教によって豚肉とかお酒の話しは自分からしないようにする。
日曜日の夕方、チャクラヌガラといわれる、ヒンドゥーエリアへ:)
バリでよく見られる、ヒンドゥー独特の寺院には、既に何人か集まっていてお祭り?騒ぎ。
夕方だったので、女性はもういなかった
村(コミュニティ)単位で、こうやって集まるチャンディ(寺)があって。
突如来た日本人でも、とてもウェルカムしてくれた♡
念願の豚肉♡豚肉のサテがめっちゃおいしかった!
豚のヒヅメ
ヒンドゥー教の人たちが飲むお酒、【トゥアック】と言われるヤシの木からできた自然の地酒で乾杯(*'ω'*)
アルコール度数はそこまで高くないんだけど、飲み方はコップになみなみついで、誰かとグラスを鳴らしたら一気に飲み干すというルール。
そして、気づけばこのボトルを一人で3本あけていました。(一人でボトル抱えていたわけではない、決して。)
つがれる
さすがに夜帰ってからは一人で死んでいたのだけれど
イスラムで禁止されているお酒を、インドンシア人と飲む、という一つ夢が叶って。とっても幸せでした。
そのあとも、バパたちにバリ舞踊を教えてもらって、ガムランと言われる大音量の音楽に乗せて踊ったり。
村の子どもたちにちょっかい出したり。
刺青してる怖そうな村の若者たちも、みんないい人
私は首都隊員で、一人暮らしをしているということもあり、こういう関わりを求めていました。
何かすっごい大切な話しをしたわけではないけど。楽しかったなあ
うれしかったことは、誘ってくれたバパが次の日も来い、と電話をくれて。
村のみんなが、みずを待っている、と。
さすがに胃がまだ痛くてうまく断りましたが、早速次にまた行ける日が楽しみな今日でした
(写真を見るだけだと、男性だけでちょっと怖いけど、お祈りが終わった20時ころからはイブや高校生の女の子が来て一緒に踊りました!のでご心配なく!笑)
6/16/2015
生活
【書いたり、書いてくれたり。】
協力隊の活動以外でライターのお仕事をさせていただいています。
美大生向けのメディアでロンボクにあるもの、いる人をピックしているので(やりたい企画中心)、お金はいただいていません。
最初は、美大卒でもない私に依頼をいただいた時、ハテ。どうしたもんかと悩みました。
ただ、観光という職種は意外?にも、「ものづくりや」、「まちづくり」という考えは、作り上げるという観点では似ています。私にできることがあるならば、と隙間時間でライターの活動を始めました。
前回取材したロンボクのアーティストさんの記事が公開されましたのでご紹介します:)
(前回関連ブログ:若干右斜め前)
①私が個人的においかけている笑 ロンボクの日本人アーティストさんについて
記事はこちら:海を渡って変わった制作スタイル。南の島の芸術家、飯塚正彦氏。
②ロンボクの伝統工芸について(リリースは4月)
記事はコチラ:インドネシアのロンボク島で生きるためのアートを追う
それから、うれしいことにこの前ロンボクに遊びに来てくれた友人が、私の事をブログに紹介してくれました♡わあ♡
A Dancing Mermaid
→Indo Trip Part2:Lombok
→Indo Trip Part3:Lombok day2
中学からの友達で。
休み時間に先生に内緒で、持ってきてはいけない携帯で洋楽を聞いたり。
親とケンカして、私はみゆの家に逃げ込んだり笑
理科の顕微鏡を使う実験で、ギャルの子から金髪の髪を一本もらい、二人でキューティクルの観察をしたり笑笑
大学になってからは、二人でLAに行ったなあ。
お互いに、中学の時から海外志向が強くて、自分の夢ばっか追っかけてきた2人。
美大生向けのメディアでロンボクにあるもの、いる人をピックしているので(やりたい企画中心)、お金はいただいていません。
最初は、美大卒でもない私に依頼をいただいた時、ハテ。どうしたもんかと悩みました。
ただ、観光という職種は意外?にも、「ものづくりや」、「まちづくり」という考えは、作り上げるという観点では似ています。私にできることがあるならば、と隙間時間でライターの活動を始めました。
前回取材したロンボクのアーティストさんの記事が公開されましたのでご紹介します:)
(前回関連ブログ:若干右斜め前)
①私が個人的においかけている笑 ロンボクの日本人アーティストさんについて

②ロンボクの伝統工芸について(リリースは4月)
記事はコチラ:インドネシアのロンボク島で生きるためのアートを追う
それから、うれしいことにこの前ロンボクに遊びに来てくれた友人が、私の事をブログに紹介してくれました♡わあ♡
A Dancing Mermaid
→Indo Trip Part2:Lombok
→Indo Trip Part3:Lombok day2
中学からの友達で。
休み時間に先生に内緒で、持ってきてはいけない携帯で洋楽を聞いたり。
親とケンカして、私はみゆの家に逃げ込んだり笑
理科の顕微鏡を使う実験で、ギャルの子から金髪の髪を一本もらい、二人でキューティクルの観察をしたり笑笑
大学になってからは、二人でLAに行ったなあ。
お互いに、中学の時から海外志向が強くて、自分の夢ばっか追っかけてきた2人。
少し大人になって、ロンボクの海沿いで語り合う今の私たち。とても感慨深く、とってもプレシャスでした。
友達のことはいくらあっても足りないので、この辺に・・・♡
私にとって【書く】ということは、ロンボクに来てからより大切な時間に。
大切な毎日を、当たり前のものにしないための大切な場所です。
友達のことはいくらあっても足りないので、この辺に・・・♡
私にとって【書く】ということは、ロンボクに来てからより大切な時間に。
大切な毎日を、当たり前のものにしないための大切な場所です。
誰か私をとめてっ(°_°)!
真夜中の止まらない咳に、何度そう思ったことでしょう(°_°)
前回ブログで載っけた薬を飲むも、結果止まらず。
昨日も朝から事務所に入ったけど、そういう日に限ってネット繋がらない
どんどん痛くなる頭
そして座ってるだけで、みぞおちを圧迫し咳が止まらなくなるという。
完敗。
またまた早退させてもらい、まずはモールに行き、ドラッグストア的なお店で咳の薬を購入。
120円。
スプーンにすくって、飲むタイプのシロップ。
相変わらずメンソレータム臭ムンムンで、ドローっとした何かが身体に流れて行く感じ。
おぉ気持ち悪。
飲んで寝てみるも、全く効果なし
夕方に今度は薬局に行って、
今までこれとこれとこれを飲んだが効かなかった!!と訴え出してもらったのが
これで50円。
ほんとはまたシロップ出されそうになったけど、「タブレットの薬をくれ!!」と訴えた結果の薬。
なんだかようやく効きそう。と思って飲んで夜寝る。
まったく効いてない(´-`)
眠りにつきそうな時に襲ってくる鬼のような咳の嵐。
もはや3日間、貫徹状態。これじゃあ抵抗力も弱ったまま。
今日はお休みをいただき、朝っぱらから病院に行ってきました。
最初からいけよ。ていうのはナシね
この病院、なんだかんだ4回目でして。
でも一人で診察を受け、病状や薬の話をできるようになったんだなとも、ちょっと感動する自分でした(;_;)
それでもらった薬がこちら。
おいおい。プラスチックに直接カプセル入ってるけど大丈夫なの?
どうせお金触った手とかで薬触ってるんでしょ
ついでに10日以上前にジャカルタで受けたA肝、B肝の予防接種跡も未だ痛いのよね
いろいろ突っ込みどころ満載だけれど。
今日のお昼から早速飲んで様子を見ます(^ω^)
しんどいなー
でも身体は元気だからヒマだなー
本でも読んでゆっくりしよう。。
実は事故以降2回目。
一回は職場に行く時に「もう大丈夫かな?」と思ったけれど、やっぱり怖くて今では40分かけて徒歩通勤。
昨日は乾季の暑さに気が狂いそうになって乗ってみた!
ら、いけた!!
嬉しくって、ついついトゥランブランという甘ったるいどら焼きみたいなおやつを買って帰ったのでした、の写真
6/11/2015
生活
何がなんでも病院には行かないぞ、と
今日は9日ぶりの事務所。
オバットバトゥッ 咳の薬
イ「みず、ジャカルタにいる間に白くなったね!」
イ「プルチン(ロンボクの伝統料理)を食べなかったから、キレイになったんだよ。」
だとか
イ「えー、久しくあわなかったね!3日?いや、2日間?ジャカルタにいたの?」
(8日間だよー)
どれもこれも、まーいつも通り適当なコメントをいただき。
やっと、ロンボクに帰ってきたな。と実感するのでした
一方体調の方は昨日の今日で、ようやく熱は下がったものの、咳が止まらず(°_°)
午前中事務所に入って、事務作業と報告書とCPに「学校訪問の手紙がほしい」とだけ伝え
昼過ぎに帰らせてもらいました
咳をしすぎて、みぞおちが痛い&昨日の夜は一睡もできず。
日本から持ってきた貴重な総合風邪薬も効かないようで、苦しい一日となりました(;_;)
ただ病院にJICAとして行くと、報告書や、レターが必要だったりと結構面倒で、あまりかかりたくないというのが本音。
郷に行っては郷にしたがえ!!
ロンボクでみんなが行っている治療を試してみることに。
近くの商店で25円くらいでした。
風邪を引いた時や、めまいや頭痛などに聞くシロップです。
色は茶色で、漢方ぽい、決して美味しくはない液体を水に溶かして飲む!
これ飲んで寝たら、確かに咳が収まったような・・・?
そして起きたらまた鬼のような咳。
こりゃ本格的に薬を飲まなあかんな、ということでコンビニへ。
一袋35円を2個買ったら、一個おまけでついてきた♡
一個19円。
安。大丈夫かいな
こっちでは、薬もてきとーな感じで売られていて今まで手をつけなかったんだけれど。
健康管理委員さんに確認をした上で購入しました。
なんだか日本にないような強い薬があって。
副作用で便秘になったりするらしいですが、2日間だけならOKですとのことで早速飲んで様子を見ています。
あと、バパ(おじさん)に言われたのは
「スプーン半分のケチャップに、みかんの汁を垂らして飲むと、咳にきくよ」
と言われ、全く想像つかなかったので
み「え?!嘘でしょ?!」
と聞いたところ
「神のみぞ知る」
と、なんともイスラム教らしい回答をいただき、私も倣ってブッダにお祈りをしようかと。
そんなこんなで、新たな生活がスタートしたわけですが。
来週はラマダンが始まったりと、しばらくは落ち着けそうにありません。
6/09/2015
生活
【ジャカルタでの寝不足の日々と、都会ショック】
私もこちらに参加するため、8日間ジャカルタにあがっておりました。
キラキラ
1万8千程の島からなると言われているインドネシア。
移動するのに飛行機を使わなければいけないという点で、普段なかなか会えることがない隊員とようやく再会できる、非常に楽しみだった総会です。
ただ、ジャカルタは東京以上に大都会。
地下鉄を作ってるよ
私なんかの島暮らし隊員は、毎回そのカルチャーショックにやられます。
あと今回は公務として上京したので、普段感じることのできないVIP感を味わえました。
1:JICAカードを見せて飛行機を乗ると、座席をいい席で取ってくれた。
(行きも帰りもビジネスクラスのちょうど後ろの席で広々~、足がくめる~)
国際線は、緑のパスポートで通れる専用の通路もあるみたいです。
2:空港からドミトリーまでタクシー
普段50円くらいの乗合バスに乗る私にとっては、ソワソワしちゃう
3:総会に、大使館の方もご出席していただいて意見交換会の時間を設けてもらった
4:大使公邸で、立食パーティーにお招きいただいた
インドネシア協力隊・シニアボランティア・調整員さん・大使・関係職員の方々
そして、8日間の生活はというと、食事をゆっくりとる余裕もないくらいバタバタ、夜は2時~3時ころ寝て、5時半に起きるという生活を繰り返していました。
なぜかと言うと、
1:同期とのおしゃべりで時間が経ってしまう
2:会報誌の委員会に入っていて、その編集作業が結構ハード
できあがった記事に間違いがないか、チェック!
3:ドミトリーに40人近く集まるので、数に限りがあるシャワーなどの順番待ち笑
今回でドミトリーは満員に。隊員だけで35人
結果どうなるかというと、最後2日は熱が38度近く出て寝込むという、マンガみたいな展開。
しんどかったー。
そして今も長引き、 任地に無事ついた今、布団でうじ虫のようになっています。
今回の総会で発表した、帰国隊員の3名。(日本語教師 2名、柔道隊員 1名。 )
やっぱり、2年の活動を終えてからの発表は、ずっしり重くて涙なしでは聞いていることができませんでした。
遅くまで日本語の大会の練習を指導し、いざ大会で優勝した時の気持ち。
その大会に出席したインドネシア人の生徒は、賞金だった奨学金で日本に留学したそうで。
20分という発表で、2年間分のストーリーが凝縮されていた時間。私もそうなりたいな、と強く感じました。
たくさん意見交換をして。
ちょっとだけお酒も飲んで。
おいしいごはんを食べ、
日本語が話せる空間。
美容師隊員に、1年ぶりとなるヘアカットをしてもらいました!
「あぁ、任地帰ったらまた手で食べる生活が始まるんだろうな」
なんて隊員同志で言い合ってたけど、今そうしてみるとやっぱりそれもそれで悪くないかな、なんて思います。
赴任前、去年の12月に参加した総会。
(記事を探すも、総会については触れられていませんでした)
そして、半年間がっつり任地で活動してからの今回のジャカルタ帰省。
同じ総会なのに、やっぱり感じ方も、先輩や他隊員との関わり方も全く違いました。
インドネシアに来て、8か月目になります。
最初は受け入れられない文化を横目に、反目して一歩引いていた自分自身も。
もう、【やるしかない】という気持ちで。
前を向くしか、道は残されていないんだってようやく気付けた次第です。
あぁ、面白くない記事だな。
一点さっきあったことを書くと。
久しぶりに会った、アパートのお手伝いさん。
なんや、インドネシア語が全くはいってこなくて。
「部屋の床が汚れているから、モップを借りてもいいか」 と言ったのに。
ぐわーーー!と何かを言われ。
Ya!(はい)
というと、なぜか廊下においてあった私の靴を、水の入ったバケツに入れてジャブジャブと洗ってくれたのでした。
あ、あれー。
日向に干されるわたしの靴たち
まずは先に、インドネシア語の耳を取り戻さねば(*´з`)
そしてそして、明日からロンボクに新隊さんが3人やってきます♡
やったやったー♡
ロンボク島、賑やかになりそうです♡
















































