【ロンボク島にある日本食を食べてみた】
私は割にそれが顕著で、家では自炊をしている。今日のお昼はお好み焼きを作った。
ないと思っていた日本料理屋。実はロンボク島にもあるという噂を聞き、ためしてみることに。
以下、体験レポ
~突っ込みどころ満載!ロンボクの日本食~
【DE'SUSHI】
JL.Sriwijayaにあるデスシというレストラン。インドネシアでチェーン展開をしていて、複数店舗あるよう。
それだったら間違いないだろう。
店内はとてもキレイだ。
「イラシャイマセー」。 カタコトだが、挨拶も日本語。
メニュー。値段は日本の安い居酒屋くらいだろか。
格段値段が高いわけでもなく、家族連れやカップルなどが多い。
この日は、蒸ギョウザ、天丼、カルフォルニアロール、サーモンサラダを注文。
味は、、頼んだメニューがお決まりだったか、ちょっとの面白さも期待していたが、そこはさすがのチェーン店。
すっごいおいしいわけでもなく、なんちゃって日本食という所かな。
デスシにおける日本人的突っ込み
①エビ風味のころも。
天丼のエビの割合は10%程度だろうか。エビ天?エビ風のころもです。
②オハシ。
袋から出したら、既に割れてた。しかもだいぶ失敗してるやんこれ。 慣れていないだろうからそこは許す。それ使うなよ。
③お寿司ですか?いいえ。
材料:イナリ、チーズ、ウナギ、エビ、ス・・・ストロベリー!?!?
そんなメニュー、日本にないから。
【Cloud Takoyaki】
二軒目は、家の近くに最近オープンした屋台、クラウドタコヤキ。
名前がいかついぞ。
クラウドとはどうやら、クラウドというシューズショップが出していることから由来するようだ。
オシャレなお店系列?ということもあり、屋台のお兄さんイカツイ。
味は・・・
イカ、エビ、鶏肉、牛肉、チーズ、ソーセージ。
たこ焼きの意味を知っているかい?
4つでだいたい100円くらい。
油を敷いて、さらに作る過程でたっぷりのバターを入れるのがロンボク流のたこやき。
最後のトッピングは、かつおぶし、ソー・・・ス?、サンバル(辛い調味料)
見た目はたこやきだった。目をつぶったら、たこやきではなかった。
それでも、私がオーダーしてから帰るまでに2組注文をしていたので、そこそこ人気?なんだろう。
いや、私がこの屋台に対してレポートしたいのは、これだけではない。
なぜこの店が気になったかというと、でっかい字でこんな文字が書かれているのだ。
しっ・・・・・しろ・・しろっ
白丸ポッ!!!!!
これあかーん。
こんな意味の分からない日本語をでかでかと書いておいて、このイカツイお兄さんたちは真面目に白丸ポッと呼ばれるものを作っている。
み「お兄さん、この 白丸ポッ って意味知ってるの?w」
イ「知ってるよ! タコヤキって意味だろ! インターネットで調べたんだよ」
あぁぁ、、私は笑いをこらえるのに必死、というか肩を震わせて笑う。
み「これね、タコヤキって意味じゃないよw
これはプティ(白い)、丸はブラッ(丸い)、ちなみに ポッって意味ないから!!!www」
というと、異変に気づいたクラウドの店員さんたちが外に出てきて、
イ「シロマルポwww」
と、私が教えた読み方を何回も繰り返し爆笑している。
耳拡張しているイカツイお兄ちゃんも爆笑。
いい笑顔やな~
一緒にいたお客さんも、オシャレハットをかぶった別の店員さんも大爆笑。
イ「タコヤキって書きたかったんだよ、、 この紙にたこやきって日本語を書いてくれ」
たこやき
ハラール(ムスリムでも食べれますよ、というマーク)も日本語で書いてくれ、と言われたが、日本人は大丈夫だよと心の中で思う。
ちなみに、アルファベットなしで一回渡したら、紙をくるくる回して「どっちが正面だ?」と聞くので、アルファベットを追加した。
そうか、彼らにとってニョロニョロしているように見える日本語は、どこから読むのか分からないのか。
アルファベットを書かないで渡したら、もしかして「きやこた」・・・「ルーラハ」・・・
「次に来るまでに直しておくから」と言い、別れた。
なんて純粋なんだろう。
次に行ったときに、白丸ポッがたこやきになっていることに期待。
いや、心の中ではそのままであってほしいなともちょっと思う。
レポ総括:
ロンボクにある日本料理は、ちょっとよく分からない。
4/24/2015
生活
パパへの手紙
先日、起き上がり小法師をいただいたアーティストさんに会い、取材をさせてもらった。
(→若干右斜め前。)
取材という名目でおじゃまさせてもらったが、ちゃっかり3点も購入した。だってステキなんだもん。
このアーティストさんが描くものは、ロンボクにあるものを題材にしているという。
この後記事を編集するので、詳細はまた今度の機会に。
(追記:記事はこちらから)
絵画と併せて、今回はポストカードを6枚購入した。
※おまけでつけてくれたマッチ
ロンボクの風情漂う景色を、 決して誇張することなく表現されている。
カキリマと呼ばれる屋台の説明が乗った絵葉書。カキ=足、リマ=5
カキリマは足が5本あるという意味。移動式販売の屋台の足が3本(タイヤ2、つっかけ1)と、売り子さんの足が2本でカキリマ。インドネシアでは、どこでも見れるカキリマを表現したポストカードだ
小学生の時、学校から帰ると家のポストに白い封筒。住所は英語で書いてある。早く開けたくて、エレベーターに乗っている時間がもどかしかった、あの瞬間を思い出した。
手紙はパパからだった。
英語で書かれた私の名前。絵葉書には、海外のアーティストが書いた猫の絵。シアトルだったか、ワシントンだったか。パパがいるところの地名が書いてあった気がする。
私のパパは私が小さい頃から、赴任や出張が多く家にいることがほとんどなかった。
ここロンボク島でたまたま手に取った絵葉書から、しばらくずっと思い出すことのなかった、なんだろ。何か、ざわっとした。
私は、小さい頃から父が嫌いだ。
不器用で、口数が少なく、お酒が入らないと笑わない。
平日夜帰ってきたと思ったら、かなりお酒を飲んでるようで、どこかのゲームセンターでとっただろう人形を、私のベッドに放り投げる。
家に帰れば、阪神タイガースの応援。
高校生の時、夜が遅いといつも怒られた。
食事中に友達にメールを返そうもんなら、声をあらげて怒られた。
大学生の時、両親が離婚した。
久しぶりに一緒に食事をした父との長い沈黙。
「お母さんから聞いてると思うが、そういうことだから。」
嫌いな父に涙を見せるのが悔しくて、
私は気丈にふるまうことしかできなかった。
父が大嫌いだった。
不器用で、何も表情に出さない父。
仕事しかしてこなかった父。
頑固な父。
マナーが悪いと、すぐ店員にクレームをつける父。
私が内定出た会社の報告をすると、「上場しているこっちの会社にしなさい」と、私は前職に入社した。
私は父が嫌いだった。
仕事をし始めたある日の平日、あるきっかけがあり私は父の会社を訪れた。
高層ビルが並ぶ街、会社の案内表記はすべて英語。
外資の上層部として働く父は、部下をたくさん抱え、私が見たことのない笑顔で社員と接してた。
パパが30年間闘った場所は、こんなところだったのだと。
パパはここで、たくさん理不尽な想いをしていたのだと。
24歳の時に、初めて知ったことだった。
パパは、家族を蔑ろにしていたんじゃなかった。
パパは、家族を守るために、理不尽なことに頭をさげてきた。
会社で働く父の姿を見て、人として素直に尊敬した。
理解のない娘でごめんよ。
お父さん、ありがとう。
ロンボクの絵葉書を眺めて、父に手紙を書こうと思った。
あの時、パパがやってくれていたように、今度は私がここから手紙を書こう。
カキリマの絵葉書なんて送ったら、「なんだこれは」としかめっ面をしながら
きっと会社で、「こんなハガキが来た、まったく」なんて話をしてくれるんだろう。
頑固で、家族の前では不愛想で、理屈ぽい。
酔って口を開けば「アリとキリギリス」の話。
ジムに欠かさず通い、真面目で、努力家で、ネコが好き。
パパの前では、「パパ」なんて呼べないけど。。。
今では私の大切な父であり、血がつながった私の上司だ。
ロンボクの絵葉書を使って手紙を書こう、そう思った。
**********
ブログのデザインを一部更新しました。
★PC:今までスクロールで過去の記事が見れましたが、更新したことで見れなくなりました。
気になる記事をクリックしてもらうか、ポップアップした画面の左上にある矢印アイコンで過去ページが見れます。
★モバイル:逆に、今までとは違い、下にスクロールするだけで過去の記事も見れるようになりました。
※今までコメントについて投稿できない!と連絡をいただきましたが、更新しましたー
気が向くまま、「太った!」だの「髪伸びた」だの、コメント欄へどうぞ
(→若干右斜め前。)
取材という名目でおじゃまさせてもらったが、ちゃっかり3点も購入した。だってステキなんだもん。
このアーティストさんが描くものは、ロンボクにあるものを題材にしているという。
この後記事を編集するので、詳細はまた今度の機会に。
(追記:記事はこちらから)
絵画と併せて、今回はポストカードを6枚購入した。
※おまけでつけてくれたマッチ
ロンボクの風情漂う景色を、 決して誇張することなく表現されている。
カキリマと呼ばれる屋台の説明が乗った絵葉書。カキ=足、リマ=5
カキリマは足が5本あるという意味。移動式販売の屋台の足が3本(タイヤ2、つっかけ1)と、売り子さんの足が2本でカキリマ。インドネシアでは、どこでも見れるカキリマを表現したポストカードだ
ハガキを見て、何か胸につっかかるものがあった。
小学生の時、学校から帰ると家のポストに白い封筒。住所は英語で書いてある。早く開けたくて、エレベーターに乗っている時間がもどかしかった、あの瞬間を思い出した。
手紙はパパからだった。
英語で書かれた私の名前。絵葉書には、海外のアーティストが書いた猫の絵。シアトルだったか、ワシントンだったか。パパがいるところの地名が書いてあった気がする。
私のパパは私が小さい頃から、赴任や出張が多く家にいることがほとんどなかった。
ここロンボク島でたまたま手に取った絵葉書から、しばらくずっと思い出すことのなかった、なんだろ。何か、ざわっとした。
私は、小さい頃から父が嫌いだ。
不器用で、口数が少なく、お酒が入らないと笑わない。
平日夜帰ってきたと思ったら、かなりお酒を飲んでるようで、どこかのゲームセンターでとっただろう人形を、私のベッドに放り投げる。
家に帰れば、阪神タイガースの応援。
高校生の時、夜が遅いといつも怒られた。
食事中に友達にメールを返そうもんなら、声をあらげて怒られた。
大学生の時、両親が離婚した。
久しぶりに一緒に食事をした父との長い沈黙。
「お母さんから聞いてると思うが、そういうことだから。」
嫌いな父に涙を見せるのが悔しくて、
私は気丈にふるまうことしかできなかった。
父が大嫌いだった。
不器用で、何も表情に出さない父。
仕事しかしてこなかった父。
頑固な父。
マナーが悪いと、すぐ店員にクレームをつける父。
私が内定出た会社の報告をすると、「上場しているこっちの会社にしなさい」と、私は前職に入社した。
私は父が嫌いだった。
仕事をし始めたある日の平日、あるきっかけがあり私は父の会社を訪れた。
高層ビルが並ぶ街、会社の案内表記はすべて英語。
外資の上層部として働く父は、部下をたくさん抱え、私が見たことのない笑顔で社員と接してた。
パパが30年間闘った場所は、こんなところだったのだと。
パパはここで、たくさん理不尽な想いをしていたのだと。
24歳の時に、初めて知ったことだった。
パパは、家族を蔑ろにしていたんじゃなかった。
パパは、家族を守るために、理不尽なことに頭をさげてきた。
会社で働く父の姿を見て、人として素直に尊敬した。
理解のない娘でごめんよ。
お父さん、ありがとう。
ロンボクの絵葉書を眺めて、父に手紙を書こうと思った。
あの時、パパがやってくれていたように、今度は私がここから手紙を書こう。
カキリマの絵葉書なんて送ったら、「なんだこれは」としかめっ面をしながら
きっと会社で、「こんなハガキが来た、まったく」なんて話をしてくれるんだろう。
頑固で、家族の前では不愛想で、理屈ぽい。
酔って口を開けば「アリとキリギリス」の話。
ジムに欠かさず通い、真面目で、努力家で、ネコが好き。
パパの前では、「パパ」なんて呼べないけど。。。
今では私の大切な父であり、血がつながった私の上司だ。
ロンボクの絵葉書を使って手紙を書こう、そう思った。
**********
ブログのデザインを一部更新しました。
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気が向くまま、「太った!」だの「髪伸びた」だの、コメント欄へどうぞ
4/23/2015
独り言
【若干右斜め前。】
ガッツーん!!!!!
いっっっったあああああああ!!!
ロンボクに来てからというもの、お行儀良く座るコトが苦痛となってしまい、家の椅子に座る時は片足立ちがスタンダードになってしまった。
(職場ではさすがにしない)
それが災いとなり、先日事故で思いっきり打撲した膝を、畳み掛けるようにして机にぶつけた。
痛い。
めちゃくちゃ痛い。一人で悶える
打った所を見ると、新たな青タンができた。
ただ久しぶりにまじまじと見た膝には、もうすっかりあの痛々しい青や紫の色味が消えていることに気づいた。
(痛みはまだ残っているが)
3週間経ったのか。
にわかにアザになった新傷を眺めながら、人間って大したもんだなあと感心する。
当たり前だけど、傷は治る。
そう思っている所で目に入ったのは、先日とあるアーティストさんからいただいた、ニワトリの起き上がり小法師。
起き上がり小法師というのは、小さい子どもたちからも親しまれているが、実は緻密な計算があってこそ起き上がってくる。それが一寸でも狂ってしまうと起き上がらない。らしい。
こんな可愛らしい顔で、
「私はニワトリです」
とでもいいたげな裏側には、そんな美徳が隠されているなんて。なんて神秘的なんだ起き上がり小法師。
ただ、この子を見ると起き上がった姿勢が若干右斜め前。
もう一度倒してみるが、どうしても若干右斜め前。
お・・起き上がりきれていないじゃないの!!!
これもこれで、なんだか自分みたいだなあと思う。
起き上がれる所できちんと元に戻れればいいが、協力隊としてここにいる私は、もがいて、転んで、ようやく立ち上がれても、やっぱり若干右斜め前。
そしてまた転び、きちんとした姿勢に起き上がれるのはきっとまだまだ先だ。
最近は自分の感情のコントロールにうまくついていけない。
嬉しい!頑張れる!
そう思った矢先にはイライラしたりする。
たまたまおしゃべりがてら立ち寄ったNGO。アポなしだ。私の顔見るなり早々、「明日の朝、ホテル組織の会合があるからみずがやりたいことやっていいよ!」
え?明日?
私あなたから、日程の連絡を一ヶ月近く返答待ってたんですけど。
あなたSMS送るって言ってたじゃない
もし今日私がここに来てなかったら、どうしてたんだろ。
既に時間は18時をすぎているし、初めての取り組みだったのでないがしろにはしたくない。
インドネシアであれば、「なんとかなる」のだが、これだけは「なんとかなる」で済ませたくなかった。
私は、「明日はさすがに難しいよ。ちゃんと準備したい」と言うと
イ「今度の会合でみずがやるって言ったんじゃない。私はあなたのために調整したのよ。今回は分かったけど、次は頼むよ。(私のメンツも考えてくれ)」
え、ええぇぇ〜
そりゃ任せっきりにしてた自分にも非がある。それに、折角のチャンスを自分が無駄にしてしまう不甲斐なさも重々承知だ。
いや、でもさ?
いやいや、やっぱりさ?
言いたいことは山のようにあったが、ここは堪えるのが得策。今自分の意見を伝えるには、まだ関係が築けていない。
事務所に戻ると、先週から既に3回目の
「ミンタフォトコピー ヤン クマリン」 この前のイベントの写真をプリントして
でた。
同じ依頼が週3回。
一回目に依頼された時に、既にデータは渡した。
二回目も同じ依頼。
今度は、私がいない時にでも引き出せるよう、共有ファイルに保存した。
三回目。データを探すよりも、直接言った方が早いと思っているのか同んなじ依頼をまたする。
毎回同じ。これは本当に小さいことの例だけど。
問題になるところは毎回同じだ。
問題になるところは毎回同じだ。
些細なことだ。コピーくらいいくらでもする。むしろ、そこに私のいる意味を見出してくれるなら、はい、喜んで。
ただ、公務員なのだから尚更、【自分たちで考える】ということをしてほしい。
ロンボクの未来を作るのは、あなたたちなのよ。
あぁ、この際だから七転び説をもう一個。
私の活動ががなかなか進まないのに、インドネシアの「スラット(手紙)」文化は欠かせない。
(間違っても決して他人のせいにしたいわけじゃない)
企業で言う、稟議書といったところだろうか。
学校訪問しかり、日本からメディアきますよ、というアナウンスであったり、申請したいです、だったり。
え、そこでそれ必要?って所でも
活動全てに配属先からの許可書がいる。
面倒なのが、あまり面識のないTOPのサインがいること。
私の配属先は、90人強。書類文化のこの事務所で、すぐにサインをしてもらえるわけもなく。ただ待つ。急かしたいけど、いない。ああ、フォザルさん今ジャカルタですか、そうですか
自分以外の範疇でできないことはイライラしても仕方ない。
考えるのはよそう。
今度からはそれを見越して早めに出せばいいだけ。
仕事一つとっても全てが日本とは違う。
違いすぎる。
そんなことでして、最近は考えごとしすぎて夜ねれず寝坊が増えました。(事務所には間に合ってます)
あれだ。それ疲れてるんじゃなくて、私がインドネシア人になりつつあるんだ。うん、そうに違いない。
七転び八起き、今日は転びっぱなしの一日。
明日は右斜め前でもいいから起き上がりたいものだ
4/20/2015
協力隊活動
とある女子が考える女子像 と、独り言
仙人のようだな、と思ってしまう。今の自分の生活。
既に休日の誘いを断り続けて1か月。それでも懲りないインドネシア人の友達には感謝でしかない。
平日に外に出る機会が多い観光のお仕事。
昨日、ジャカルタから来た地価調査の団体に同席し、帰ってからは意識がない。最後にLINEを返した時刻を見ると、どうやら12時間程爆睡していたらしい。
私のブログのタイトルしかり、ライターのお仕事をさせていただく時のペンネームは【島暮らしのとある女子】。
一般的なイメージの【女子】とは、既にほど遠い生活。
分かっている、わかっているがあえて女子という言葉を選んだ。
靴下や手袋をはめているのか?とつっこみたくなるマダラな日焼け。
大切な友達から出発前にもらった指輪は、マダラな日焼け防止にと、人差し指、時には中指、時には薬指。
移動させる度に、しばらくするとそのあとすらなくなっていく。
同僚たちは声をそろえて喜ぶ。
「みず、スダ オラン インドネシア!」 もうインドネシア人になった!
一年近く行っていない美容院。もっさもさの髪。
青山にある美容院に、トリートメントやらカラーやら3週間に1度通っていたころが懐かしい。
トリだってさばける。ロンボクに来て、初めてササミという部位がどこにあるかを知った。
魚の三枚おろしは得意。
そんな姿を望んでいた、と言ったら変なヒトだ、と思われるだろうか。
外見ばかりをきにしていた数年前の自分に、「どうだ!」と胸をはりたい。
とある女子が考える女子像は、中立的な考えのできる女性のコト。
遊び心や好奇心を忘れない大人な女性。
時には海ではしゃいで。
時にはパーティーなんかしちゃって。
空いた時間は、自分と自分以外の人が楽しく暮らせることを考える。
っていう記事を、熱気でなぜか曇ったメガネをかけながら、やっぱり女子とは程遠いとある女子が書いています。
ついでの今日のコト。
友人から頼まれた、インフルエンザ検査薬の説明書の翻訳。
いつものカフェでGoogle翻訳と向き合い、訳してみる。
文章:本キットは体外診断用医療品であり、それ以外の目的に使用しないでください。
出てきたインドネシア語を、再度日本語で調べると。
Google先生:これは、診断は、インビトロ薬用で、他の目的には使用しないでください。
インビトロ薬用。なんだそれ。日本語でさえまったく分からない取扱説明書なのに、また新しい単語が。
それでも気づけば3時間、なんとか形に。
そう、気づいたら3時間。
そろそろ帰ろうか、と思いお会計を頼むと、オーナーに
「えっ?もう帰るの?まだ3時間じゃない」なんて言われる。
その後、くだらない世間話をしゆっくり歩いて帰る。
Wi-Fiも電源も、3時間いても「まだ3時間しかいない」と言ってくれるカフェが、日本になんでないんだろうか。
帰りの道は、お香のかおり。
ちょうどヒンドゥー教のお祈りの時間だ。いい匂い。
今日も素敵な一日だったな、と思う。
これからも、素敵な事がたくさんあるな、とも思う。
5月、友達が遊びにきてくれる。大掃除しよう。
7月はバリに行って、8月、ロンボクにあるリンジャニ山にアタックするんだい。
10月、ジャカルタマラソンにでようか
活動もいい便り。
来週はロンボクのとあるアトリエに行って、記事を書こう。
活動ちゃんとしてますよ、と言いたいけどその前になんだいその手は、と言いたい。
そんな私の今日のBGMは Shakira-Waka Waka
もうかなり前の曲だけど、しゃきーらかわいすぎるよ。
裸足でアフリカンダンスを踊る無邪気な姿、これぞ女子、か。
既に休日の誘いを断り続けて1か月。それでも懲りないインドネシア人の友達には感謝でしかない。
平日に外に出る機会が多い観光のお仕事。
昨日、ジャカルタから来た地価調査の団体に同席し、帰ってからは意識がない。最後にLINEを返した時刻を見ると、どうやら12時間程爆睡していたらしい。
私のブログのタイトルしかり、ライターのお仕事をさせていただく時のペンネームは【島暮らしのとある女子】。
一般的なイメージの【女子】とは、既にほど遠い生活。
分かっている、わかっているがあえて女子という言葉を選んだ。
靴下や手袋をはめているのか?とつっこみたくなるマダラな日焼け。
大切な友達から出発前にもらった指輪は、マダラな日焼け防止にと、人差し指、時には中指、時には薬指。
移動させる度に、しばらくするとそのあとすらなくなっていく。
同僚たちは声をそろえて喜ぶ。
「みず、スダ オラン インドネシア!」 もうインドネシア人になった!
一年近く行っていない美容院。もっさもさの髪。
青山にある美容院に、トリートメントやらカラーやら3週間に1度通っていたころが懐かしい。
トリだってさばける。ロンボクに来て、初めてササミという部位がどこにあるかを知った。
魚の三枚おろしは得意。
そんな姿を望んでいた、と言ったら変なヒトだ、と思われるだろうか。
外見ばかりをきにしていた数年前の自分に、「どうだ!」と胸をはりたい。
とある女子が考える女子像は、中立的な考えのできる女性のコト。
遊び心や好奇心を忘れない大人な女性。
時には海ではしゃいで。
時にはパーティーなんかしちゃって。
空いた時間は、自分と自分以外の人が楽しく暮らせることを考える。
っていう記事を、熱気でなぜか曇ったメガネをかけながら、やっぱり女子とは程遠いとある女子が書いています。
ついでの今日のコト。
友人から頼まれた、インフルエンザ検査薬の説明書の翻訳。
いつものカフェでGoogle翻訳と向き合い、訳してみる。
文章:本キットは体外診断用医療品であり、それ以外の目的に使用しないでください。
出てきたインドネシア語を、再度日本語で調べると。
Google先生:これは、診断は、インビトロ薬用で、他の目的には使用しないでください。
インビトロ薬用。なんだそれ。日本語でさえまったく分からない取扱説明書なのに、また新しい単語が。
それでも気づけば3時間、なんとか形に。
そう、気づいたら3時間。
そろそろ帰ろうか、と思いお会計を頼むと、オーナーに
「えっ?もう帰るの?まだ3時間じゃない」なんて言われる。
その後、くだらない世間話をしゆっくり歩いて帰る。
Wi-Fiも電源も、3時間いても「まだ3時間しかいない」と言ってくれるカフェが、日本になんでないんだろうか。
帰りの道は、お香のかおり。
ちょうどヒンドゥー教のお祈りの時間だ。いい匂い。
今日も素敵な一日だったな、と思う。
これからも、素敵な事がたくさんあるな、とも思う。
5月、友達が遊びにきてくれる。大掃除しよう。
7月はバリに行って、8月、ロンボクにあるリンジャニ山にアタックするんだい。
10月、ジャカルタマラソンにでようか
活動もいい便り。
来週はロンボクのとあるアトリエに行って、記事を書こう。
そんな私の今日のBGMは Shakira-Waka Waka
もうかなり前の曲だけど、しゃきーらかわいすぎるよ。
裸足でアフリカンダンスを踊る無邪気な姿、これぞ女子、か。
私もわかわかしようっ!
ああ、なんだか本当にただのつぶやきになってしまった。
おふざけもすぎた記事、、たまにはよかろうか
ああ、なんだか本当にただのつぶやきになってしまった。
おふざけもすぎた記事、、たまにはよかろうか
4/18/2015
独り言
【一歩前進】自分がやらなかっただけ。
今日ロンボクはとっても快晴でした。事務所の中庭で撮った写真
もう感無量。意志疎通できたことと、ここ半年で語学力が格段に成長したこと。
この花を必死に撮っていたら、バパッ(おじさん)がこっちの花もキレイだぞ、とのことでもう一枚。
事務所は4月11日に終わったイベント以降、腑抜けの状態。まるで夏に残った蝉の抜け殻。
誰も彼もやる気をなくし、またいつものリラックスムード再来です。
昨日そんな状態を見たので、今日はあることに向き合おうと朝から緊張気味で出勤。
実は、本来活動について一番の相談役である上司(CP)と、かなりの距離を感じていた。
上司自体はめちゃくちゃ優しい。以前倒れ病院に運ばれた時も、診断中に食料を買ってくれたり。
二回目に運ばれた時も、休日だったにも関わらず車を飛ばし、日本語が少し話せる奥さんを連れて病院に連れていってくれた。(→新年とワタシ)
私は彼に、勝手に恐怖心を持ってしまっている。
一つに、ロンボク独特の話し方。
ロンボク人は、当たりがキツイ。話してる内容は世間話でも、傍から見れば怒ってる。電話で聞き取れないとどうするか。
「あ"ぁ"ぁ?!?!」ていう。
しかも結構な大声。悪気はない。話がヒートアップすると、誰も自分の話を止めずに言いたいこと言い合うので、ケンカしてるみたいになる。
好きなことを好きなだけ話し、声がでかく、高圧的。私みたいな外国人は、そうなると全く会話に入れない。
それが怖いのだ。
上司が怖い二つ目の理由
昔の記憶、トラウマ。
赴任して一週間目に、活動についてつたないインドネシア語で相談したことがあった。
言えた!伝わった!そんな満足感があったものの、早口なインドネシア語で返される。ようやく聞き取れた言葉が
Tidak usah 必要ない=その活動はする必要がない。なんでそういう言葉だけは耳に入ってくるんだろ
赴任当時の夢も希望にも満ち溢れていた私にとって、その言葉を理解することに必死だった。
えっ? 必要ないって今言った?なんで?どうしたら必要になるの?何が問題だったの?
頭では色々出て来るのに、言葉が出てこない。
結局私は消化不良のまま、納得せざるを得なかった。
そんなことで、上司と話すのはかなり勇気がいる。
朝からそんな不安でいっぱいで、何度も私の机の前を通る上司の様子を伺う。
うん、今日は暇そうだ。行くなら今日しかない。ただ、自分のデスクから上司の部屋に行く足が出ない。
考えすぎもよくないもんだ、と一回トイレに席を立ち、トイレから帰ってきた足で、何も考えない状態で上司を尋ねることにした。
み 「パッ スダン シブック カ?」 今お忙しいですか?
上 「ボレー」 大丈夫だよ
み 「スダン サヤ ラギ・・・」 今私はやる、〜
あぁ、申請するっていう単語なんだっけ!! 見切り発車した私の頭は完全フリーズ。言葉が詰まる私の姿をみてCPは笑っている。
み「セベンタール!」ちょっと待ってて!
と言い、用意していた企画書を持ってくる。
み「サヤ マウ ムンガジュカン ダナ パダ ジャイカ スパヤ スルフェイ オビェッ ウィサタ ウントゥッ メマンギル メディア ダリ ジュパン」
日本からメディアを呼ぶための観光地調査費を、JICAに申請しようと思っています。
「カラウイトゥ ペルルー アダ スラットブギニ ダリ ディナス 、バガイカナチャラ ビキン スラットニャ?」
そのためには、観光局からこのような書類が必要なのですが、これを作るにはどうしたらいいですか?
上「オーギトゥー サヤ メンブアッカン ヤ トゥングセベンタール」
わかった、私が作りますのでちょっと待っててね。
たったこれだけのことだったが、達成感と募りに募った疲れが押し寄せる。
自分のせい。勝手にイメージだけ先行させて行動にためらいを感じていた自分のせい。
最近読んだ本に、そういえば書いてあった。
「世の中、あなたが思ってるほど怖くないよ。大丈夫」
昨夜のカレー、明日のパン 木皿泉
そうだな、と思う。怖いって思うと頭の中は怖いで埋め尽くされる。そうすると、もう怖い一色。そんなのはもったいないな。
ということで、最近は活動申請書だったり、企画書だったり、プレゼン資料だったり。
とにかくPCと睨めっこする時間が多かった。
もうちょっと体系化してマーケティングを考えましょうね。ていう内容予定。
今は日本語、そのうち訳してネシア語で作る
赴任したての頃に作った、【ロンボクでやりたい9のコト。】と違うのは、同僚が私のことを気にしてくれるようになった点。
「みず、なにやってるのー?資料できたら見せてね。」
今は種まきだ!!活動スケジュール良好。地固めの時期、しっかり固めておいて、後で楽をしようじゃないの。
4/15/2015
協力隊活動
【暮らしも半年】変わらないもの。変わったもの。
協力隊の活動も1/4がすぎる。
今はどうだろう、半年を振り返れば一瞬にして過ぎ去ってしまったものの
一日一日が短い、ようで長い。
かと言われて余裕をこくと、
後悔するほど「えっ!もうこんな時間なの!?」ってなることが多い。
ロンボクには現在5名の隊員がいる。今月末に、そのうち3人の先輩が帰国する。
配属先がお互いに遠いため、なかなか会える機会も少ないのだけれど。
それでも、たまに会って話をすると【先輩】としての余裕を感じる。先輩たちは、この2年間でどんなことを乗り越えてきたんだろう。
私もそうなれるのかな。
「日本に帰るのって、どんな感じなんですか?」
久しぶりに会った先輩に、先陣切って出てきたこのアホな質問。
しばらく、一年半後のことに想いを馳せてみた。
このロンボク空港を出て、ジャカルタにしばらく滞在して関係省庁との挨拶を終えて、日本行の飛行機に乗る時。
だめだ。まったく想像がつかない。
帰る日の事に想いを馳せたってまだ何も出てこない。
これは1年半後の楽しみってコトかな。
半年経って変わらない光景になったもの。
ヒンドゥー教の家々
南国の植物
いつまで経っても終わらないイスラミックセンターを通る日常
1000人くらい投入しないと今年中におわらないぞ!
朝6:50にすれ違う、すっごい老けた風格の高校生
7時前後にすれ違う、ちょっと内股のゴミ収集のおじさん
道端で、いつもの朝ごはん。
「パギ~ ヤンビアサ ヤ~!」 (おはよう、いつものね!)
このおばちゃんは、いつも通りにご飯を少なめによそってくれて
私が好きなおかずを多めに入れてくれる。
朝ごはんのナシブンクスは50円~100円。今日は70円。
配属先の外にある屋台のおっちゃんから毎日言われる
「み~ず~! ンガコピー?」(みず、コーヒーは?)
「は~い、ナンティ、ね~!」(あとでね~)という生返事もいつも通り
変わったもの。
ジャカルタから来ているワルタワン(記者)が猿の写真を撮っている姿を写真とった。そういえば、来た当初は私も猿で騒いでた。
日本の猫の写真を二度見する、しばらく眺める。どう見ても太ってる。千と千尋の神隠しで出てくるカオナシなんじゃないかと疑ってしまう。あの顔が小さくて体がでかいバージョンの。
事務所からイブに摘み出される子猫
食事に興味がなくなった。仕事の合間に食べログを眺めていた日々が、すっごい遠い。最近は1日2食。
FBを見るとなぜか疲れてしまう。今は自分の近況をあげるか、メッセンジャーだけ。
先輩隊員が言ってたけど、帰国時の逆カルチャーショックの一つに【日本は情報量が多すぎて、頭が痛くなる】ことがあるらしい。こうやってついていけなくなるんだろうか
協力隊は2年間の中で、こんな時期が来るという。
観光客→怒り→無関心→同化
私は観光客時期を過ぎ、事務所のやり方に苛立ちを感じていたが、それも過ぎ
ストレスを感じたり、興味を持てなくなったりする「無関心」時期から
同化時期(滞在先に馴染む。異文化のストレスを感じなくなる)に移行しているんじゃないかな。 なんてことを感じます。
いつも通りだ。
いつも通りの日常だけど、それでいい。それがいい。
今はどうだろう、半年を振り返れば一瞬にして過ぎ去ってしまったものの
一日一日が短い、ようで長い。
かと言われて余裕をこくと、
後悔するほど「えっ!もうこんな時間なの!?」ってなることが多い。
ロンボクには現在5名の隊員がいる。今月末に、そのうち3人の先輩が帰国する。
配属先がお互いに遠いため、なかなか会える機会も少ないのだけれど。
それでも、たまに会って話をすると【先輩】としての余裕を感じる。先輩たちは、この2年間でどんなことを乗り越えてきたんだろう。
私もそうなれるのかな。
「日本に帰るのって、どんな感じなんですか?」
久しぶりに会った先輩に、先陣切って出てきたこのアホな質問。
しばらく、一年半後のことに想いを馳せてみた。
このロンボク空港を出て、ジャカルタにしばらく滞在して関係省庁との挨拶を終えて、日本行の飛行機に乗る時。
だめだ。まったく想像がつかない。
帰る日の事に想いを馳せたってまだ何も出てこない。
これは1年半後の楽しみってコトかな。
半年経って変わらない光景になったもの。
ヒンドゥー教の家々
南国の植物
いつまで経っても終わらないイスラミックセンターを通る日常
1000人くらい投入しないと今年中におわらないぞ!
朝6:50にすれ違う、すっごい老けた風格の高校生
7時前後にすれ違う、ちょっと内股のゴミ収集のおじさん
道端で、いつもの朝ごはん。
「パギ~ ヤンビアサ ヤ~!」 (おはよう、いつものね!)
このおばちゃんは、いつも通りにご飯を少なめによそってくれて
私が好きなおかずを多めに入れてくれる。
朝ごはんのナシブンクスは50円~100円。今日は70円。
配属先の外にある屋台のおっちゃんから毎日言われる
「み~ず~! ンガコピー?」(みず、コーヒーは?)
「は~い、ナンティ、ね~!」(あとでね~)という生返事もいつも通り
変わったもの。
ジャカルタから来ているワルタワン(記者)が猿の写真を撮っている姿を写真とった。そういえば、来た当初は私も猿で騒いでた。
日本の猫の写真を二度見する、しばらく眺める。どう見ても太ってる。千と千尋の神隠しで出てくるカオナシなんじゃないかと疑ってしまう。あの顔が小さくて体がでかいバージョンの。
事務所からイブに摘み出される子猫
この子はまだちゃんとご飯たべてるな
食事に興味がなくなった。仕事の合間に食べログを眺めていた日々が、すっごい遠い。最近は1日2食。
FBを見るとなぜか疲れてしまう。今は自分の近況をあげるか、メッセンジャーだけ。
先輩隊員が言ってたけど、帰国時の逆カルチャーショックの一つに【日本は情報量が多すぎて、頭が痛くなる】ことがあるらしい。こうやってついていけなくなるんだろうか
協力隊は2年間の中で、こんな時期が来るという。
観光客→怒り→無関心→同化
私は観光客時期を過ぎ、事務所のやり方に苛立ちを感じていたが、それも過ぎ
ストレスを感じたり、興味を持てなくなったりする「無関心」時期から
同化時期(滞在先に馴染む。異文化のストレスを感じなくなる)に移行しているんじゃないかな。 なんてことを感じます。
いつも通りだ。
いつも通りの日常だけど、それでいい。それがいい。
4/14/2015
生活
【旅先で感じたインドネシア人の特性とか】
今日の朝、無事に隣島の出張から戻ってきました:)
今回で数回目となる、インドネシア人との旅。
そんな中で「あぁ~日本と違うなぁ」と思ったことをご紹介します。
①食べる、とにかく食べる
ここでいう食べる、とは通常の食事以外の【おやつの時間】のこと。
どこか出かける時、絶対カバンからおやつがでてくる。
それがたとえ3時間のドライブでも、必ず【スナック(ジャジャン)】を手配。
人気のスナックだと
・ウエハース(チョコが間に挟まったやつ)
・フルーツ(今の時期はランブータン多し)
・チョコチップクッキー
これに加え、ヨーグルトっぽいジュースがなぜか鉄板。
②お祈り
インドネシアではイスラム教が88%を占めており、一日5回のお祈りがあります。
それが旅行中でも、当然。
お祈りの時間が近づくと、
「お祈りしないと。」と同僚がモスク探しにそわそわし始めます。
そして、こんな光景。
バスに私しかいない笑
お祈り中はいつもバスで待機しています。
ここでは私はマイノリティです。
ただ宗教が理由で、人間関係にストレスを感じたことはありません。
それ程ロンボクでは、宗教に対して寛大です。
(ロンボクは、イスラム教・ヒンドゥー教・キリスト教・仏教・土着宗教などが混在しています)
③とっても元気。
距離感の取り方は日本と違うなーって感じます。
割にご年配の方に多い傾向な気がしますが、彼らタフ。
とにかく一方的にずーっと話してます笑
それがたとえ夜中でも。
日本みたいな、顔色を伺ったり空気を読んだりはしません。
なので、疲れている顔や態度をしても
関係ない!笑
だって今話したいんだもん。
本当にありがたいのですが
私は割にご高齢の方に好かれる傾向がありまして。
困った。今回は本当に困った・・・
あとはご想像におまかせします。。
そして、今回も突っ込みどころ満載の旅。
いくつかご紹介します( ;∀;)
①主催者なのに会場に入れない!!
どういうことやねん。でしょホント。
配属先が主催した、インドネシアの大統領が来る程の大きなイベントにも関わらず
私たちは会場に入ることができませんでした笑
理由1:関係者用のIDカードが間に合わない!
これは完全に業者のミス。
理由2:招待状がない!
いや、そりゃそうだ。主催しているイベントに主催者が招待状なんて持ってません。
②宿泊施設がない!!
これはもうお決まりパターン。
そういって、前回は車中泊でした。
今回はもっと最悪、ホテルなどの宿泊施設はすべて埋まってしまい
私たちはテント泊を予定していました。
ただそのテントさえ実際は用意されておらず。
ということで、人生初の野宿。
木の下にシートをひいただけの場所に、関係者20人程が雑魚寝するという
なんとも斬新なスタイル笑
一応改めて言っておきますが、主催者です。
電気もトイレもないです。
星がキレイだったなあ
ここで寝ていたら、夜中2時半頃に知らないオジサマに起こされました。
「ここはもう少ししたら山風が強くなって冷える。
3時から5時の間はマラリアを持った蚊が増えるから」と
女性のみ、オジサマの家を拝借することに。
オジサマの家は高床式の、なんともいえない味わいの家でした。
家の横には、馬とニワトリがいます
ここで2時間だけ仮眠。朝5時に会場準備のためオジサマ宅を後にしました。
眠い。ただただ眠いし節々が痛い。
③マイペースすぎるインドネシア人。
集団行動に厳しい日本で育ったものでね。
どうしてもすごいなあって思います。
前回の移動時間は車と船を乗り継いて片道10時間でした。
それが、今回18時間。
これ、すごくないですか。
同じ道なのに、日によって8時間も差がでるって。
25人乗った大型バスなのに、一部の人の希望から
【トウモロコシ】を探し求め夜中にあっち行ったり、こっち行ったり・・・
トイレ休憩したかと思えば、
時間を決めないから、だらだらとタバコを吸ったり、写真を撮りにどっか行ったり
各々好き放題。
帰り道には、
「ここでおろして!」 とか
「私は〇〇通り!」とか。
バスちゃうやん、それもうタクシーやん。
そんなことがたくさんありました(..)
4日間、本当にサバイバル生活だった・・
でも一つのイベントを実施するまでのフローとか、関係者とのやりとりとか勉強させてもらったし
何より、激寒な早朝に
同僚と3人で、ギャーギャー言いながら水浴びした体験は
一生記憶の中に残るんだろうな(*´ω`)
もうこんな時間。
あと4時間後にちゃんと起きれるんでしょうか。
終わりは写真とともに♡
食べ物も、泊まるとこも、水も、トイレもないってすごいね。
普段の生活がいかに恵まれてるか・・・
ロンボクでお世話になってる日本人の方♡
遠いところ、わざわざ遊びに来てくれました
イベント毎に増えていくいただきもの達。
右上のMEDIA、、どこで使おうか・・・
今回で数回目となる、インドネシア人との旅。
そんな中で「あぁ~日本と違うなぁ」と思ったことをご紹介します。
①食べる、とにかく食べる
ここでいう食べる、とは通常の食事以外の【おやつの時間】のこと。
どこか出かける時、絶対カバンからおやつがでてくる。
それがたとえ3時間のドライブでも、必ず【スナック(ジャジャン)】を手配。
人気のスナックだと
・ウエハース(チョコが間に挟まったやつ)
・フルーツ(今の時期はランブータン多し)
・チョコチップクッキー
これに加え、ヨーグルトっぽいジュースがなぜか鉄板。
②お祈り
インドネシアではイスラム教が88%を占めており、一日5回のお祈りがあります。
それが旅行中でも、当然。
お祈りの時間が近づくと、
「お祈りしないと。」と同僚がモスク探しにそわそわし始めます。
そして、こんな光景。
バスに私しかいない笑
お祈り中はいつもバスで待機しています。
ここでは私はマイノリティです。
ただ宗教が理由で、人間関係にストレスを感じたことはありません。
それ程ロンボクでは、宗教に対して寛大です。
(ロンボクは、イスラム教・ヒンドゥー教・キリスト教・仏教・土着宗教などが混在しています)
③とっても元気。
距離感の取り方は日本と違うなーって感じます。
割にご年配の方に多い傾向な気がしますが、彼らタフ。
とにかく一方的にずーっと話してます笑
それがたとえ夜中でも。
日本みたいな、顔色を伺ったり空気を読んだりはしません。
なので、疲れている顔や態度をしても
関係ない!笑
だって今話したいんだもん。
本当にありがたいのですが
私は割にご高齢の方に好かれる傾向がありまして。
困った。今回は本当に困った・・・
あとはご想像におまかせします。。
そして、今回も突っ込みどころ満載の旅。
いくつかご紹介します( ;∀;)
①主催者なのに会場に入れない!!
どういうことやねん。でしょホント。
配属先が主催した、インドネシアの大統領が来る程の大きなイベントにも関わらず
私たちは会場に入ることができませんでした笑
理由1:関係者用のIDカードが間に合わない!
これは完全に業者のミス。
理由2:招待状がない!
いや、そりゃそうだ。主催しているイベントに主催者が招待状なんて持ってません。
②宿泊施設がない!!
これはもうお決まりパターン。
そういって、前回は車中泊でした。
今回はもっと最悪、ホテルなどの宿泊施設はすべて埋まってしまい
私たちはテント泊を予定していました。
ただそのテントさえ実際は用意されておらず。
ということで、人生初の野宿。
木の下にシートをひいただけの場所に、関係者20人程が雑魚寝するという
なんとも斬新なスタイル笑
一応改めて言っておきますが、主催者です。
電気もトイレもないです。
星がキレイだったなあ
ここで寝ていたら、夜中2時半頃に知らないオジサマに起こされました。
「ここはもう少ししたら山風が強くなって冷える。
3時から5時の間はマラリアを持った蚊が増えるから」と
女性のみ、オジサマの家を拝借することに。
オジサマの家は高床式の、なんともいえない味わいの家でした。
家の横には、馬とニワトリがいます
ここで2時間だけ仮眠。朝5時に会場準備のためオジサマ宅を後にしました。
眠い。ただただ眠いし節々が痛い。
③マイペースすぎるインドネシア人。
集団行動に厳しい日本で育ったものでね。
どうしてもすごいなあって思います。
前回の移動時間は車と船を乗り継いて片道10時間でした。
それが、今回18時間。
これ、すごくないですか。
同じ道なのに、日によって8時間も差がでるって。
25人乗った大型バスなのに、一部の人の希望から
【トウモロコシ】を探し求め夜中にあっち行ったり、こっち行ったり・・・
トイレ休憩したかと思えば、
時間を決めないから、だらだらとタバコを吸ったり、写真を撮りにどっか行ったり
各々好き放題。
帰り道には、
「ここでおろして!」 とか
「私は〇〇通り!」とか。
バスちゃうやん、それもうタクシーやん。
そんなことがたくさんありました(..)
4日間、本当にサバイバル生活だった・・
でも一つのイベントを実施するまでのフローとか、関係者とのやりとりとか勉強させてもらったし
何より、激寒な早朝に
同僚と3人で、ギャーギャー言いながら水浴びした体験は
一生記憶の中に残るんだろうな(*´ω`)
もうこんな時間。
あと4時間後にちゃんと起きれるんでしょうか。
終わりは写真とともに♡
食べ物も、泊まるとこも、水も、トイレもないってすごいね。
普段の生活がいかに恵まれてるか・・・
ロンボクでお世話になってる日本人の方♡
遠いところ、わざわざ遊びに来てくれました
イベント毎に増えていくいただきもの達。
右上のMEDIA、、どこで使おうか・・・
【ロンボクでロケをしようよ!】~下準備編~
私の活動の一つ、メディア誘致について。
下記のように3つの種類に分けています。
①ガイドブック・雑誌
②ネットメディア
③テレビ
それぞれ、アプローチ方法が異なると考えているのですが
今日はテレビ、ロケを呼ぶために行っている下準備編です。
①企画書づくり
どんなテレビで紹介したいか、そのプログラムには
どんなコーナーがあるのかを調べ、
メインで取り扱ってほしい【大ネタ】と
その他のサブとなる【小ネタ】に分けて、さまざまな企画を考えます。
②ネタの調査
・イベントはいつ開催されるか
・文化や歴史の詳細(ルールや、歴史が生まれた背景など)
・取材地はどこらへん?
③制作会社さんへ打診
ある程度詳細が詰まってから、企画書をお送りします。
④再調査
取材前に確認したほうがいいことを、事前につぶしていきます。
とにかく、下調査を念入りにする必要があります( ..)φ
時には、先住民族の方にお電話したり笑
取材地の下見をしたり
データなどを保管している場所に訪れたり。
⑤いよいよロケ(*'ω'*)
そして私は、協力隊として観光局に赴任しているため
観光局を絡ませて活動したくて、
【日本からメディアさんが取材に来た場合は、宿泊施設・移動手段を観光局側で負担する】
ということで配属先からOKをいただきました( ;∀;)
メディアさんとの連絡方法ですが、
サイトに記載のある「お問い合わせはコチラ」から送って
担当者をご紹介くださる場合もありますが
一番は、コネクションのある人づてにお願いするのが
速いと思います。
調査を初めてみると、
芋づるのように話が広がっていって。
もっとたくさん勉強しなきゃいけないな、って思います。
いつか、ロケ本番編!!を書く!!のが今の目標~~~♡
さー!明後日から過酷隣島ステイagain!
下記のように3つの種類に分けています。
①ガイドブック・雑誌
②ネットメディア
③テレビ
それぞれ、アプローチ方法が異なると考えているのですが
今日はテレビ、ロケを呼ぶために行っている下準備編です。
①企画書づくり
どんなテレビで紹介したいか、そのプログラムには
どんなコーナーがあるのかを調べ、
メインで取り扱ってほしい【大ネタ】と
その他のサブとなる【小ネタ】に分けて、さまざまな企画を考えます。
②ネタの調査
・イベントはいつ開催されるか
・文化や歴史の詳細(ルールや、歴史が生まれた背景など)
・取材地はどこらへん?
③制作会社さんへ打診
ある程度詳細が詰まってから、企画書をお送りします。
④再調査
取材前に確認したほうがいいことを、事前につぶしていきます。
とにかく、下調査を念入りにする必要があります( ..)φ
時には、先住民族の方にお電話したり笑
取材地の下見をしたり
データなどを保管している場所に訪れたり。
⑤いよいよロケ(*'ω'*)
そして私は、協力隊として観光局に赴任しているため
観光局を絡ませて活動したくて、
【日本からメディアさんが取材に来た場合は、宿泊施設・移動手段を観光局側で負担する】
ということで配属先からOKをいただきました( ;∀;)
メディアさんとの連絡方法ですが、
サイトに記載のある「お問い合わせはコチラ」から送って
担当者をご紹介くださる場合もありますが
一番は、コネクションのある人づてにお願いするのが
速いと思います。
調査を初めてみると、
芋づるのように話が広がっていって。
もっとたくさん勉強しなきゃいけないな、って思います。
いつか、ロケ本番編!!を書く!!のが今の目標~~~♡
さー!明後日から過酷隣島ステイagain!
何事もなく...
無事に終わりますように...
4/07/2015
協力隊活動
【海外での歯科矯正とか】
今日から4月になりましたね(*´ω`*)
インドネシアという雨季か乾季かしかない国にいると
本当に季節の移り変わりが恋しくなります
今日lineを開いて、背景にサクラが散るという
ステキな仕掛けをみて
あぁ~いいなあ♡
春なんだな~♡
と思いましたが、季節にも時代にももうついていけてません。
友達が教えてくれました。
今、日本では「ボブ」が流行っているんですか。
それが髪型だってことくらいは大丈夫です。
「ラッスンゴレライって何?」
って聞いたら、
「あったかいんだから~もおさえたほうがいいよ」って言われて
ラッスンゴレライという生き物が、あったかいんだから~っていう何かで
日本を騒がせているらしいことは、ギリギリ抑えています
★★★
さて、FBとかで「インドネシアで歯科矯正を始めた!」とオープンにしたところ
意外にも興味を持ってくれてる人が多くて
(本当に意外だったけど・・・)
怖いもの知らずの私が、
今後インドネシアで歯科矯正をされる方のために(いるのか?)
詳細?をご紹介する記事です。
【イントロダクション♡】
インドネシアという雨季か乾季かしかない国にいると
本当に季節の移り変わりが恋しくなります
今日lineを開いて、背景にサクラが散るという
ステキな仕掛けをみて
あぁ~いいなあ♡
春なんだな~♡
と思いましたが、季節にも時代にももうついていけてません。
友達が教えてくれました。
今、日本では「ボブ」が流行っているんですか。
それが髪型だってことくらいは大丈夫です。
「ラッスンゴレライって何?」
って聞いたら、
「あったかいんだから~もおさえたほうがいいよ」って言われて
ラッスンゴレライという生き物が、あったかいんだから~っていう何かで
日本を騒がせているらしいことは、ギリギリ抑えています
★★★
さて、FBとかで「インドネシアで歯科矯正を始めた!」とオープンにしたところ
意外にも興味を持ってくれてる人が多くて
(本当に意外だったけど・・・)
怖いもの知らずの私が、
今後インドネシアで歯科矯正をされる方のために(いるのか?)
詳細?をご紹介する記事です。
【イントロダクション♡】
もともと、上が出っ歯、下が若干ガタガタな私の歯。
動物でたとえると「ウサギ」か「ビーバー」でした。
右矯正前
ずっと歯科矯正をしたかったのですが、
26年間完全にタイミングを失ってしまい
まあ別にドン引きされるくらいじゃないし、いっかーくらに考えていました。
こっちに来てから、結構な数の人が矯正具をつけていて、
値段も日本と比べて1/10程度。
2年間という期間があるし、
みんな歯並びいいもんだから、
自分の歯並びが日本にいる時より気になってしまい
矯正をしている人に「いいな~」っていうようになってました。
それ以降、かなりトントン拍子に話が進み
矯正具をはめてすでに2か月。
歯並びはだいぶ改善されて、
初めて会う人や最近出会った人には
「え?やる必要なくない?」
と言われるくらいになりました( ;∀;)
左 7ヶ月経過 抜歯痕もうまってきた♡
【病院選び】
青年海外協力隊は、任地で行く病院が指定されてます。
ただ歯医者はそこに含まれておらず、
私は事務所の同僚に紹介してもらった、本当にそこらへんにある歯医者です。
外観
動物でたとえると「ウサギ」か「ビーバー」でした。
右矯正前
ずっと歯科矯正をしたかったのですが、
26年間完全にタイミングを失ってしまい
まあ別にドン引きされるくらいじゃないし、いっかーくらに考えていました。
こっちに来てから、結構な数の人が矯正具をつけていて、
値段も日本と比べて1/10程度。
2年間という期間があるし、
みんな歯並びいいもんだから、
自分の歯並びが日本にいる時より気になってしまい
矯正をしている人に「いいな~」っていうようになってました。
それ以降、かなりトントン拍子に話が進み
矯正具をはめてすでに2か月。
歯並びはだいぶ改善されて、
初めて会う人や最近出会った人には
「え?やる必要なくない?」
と言われるくらいになりました( ;∀;)
左 7ヶ月経過 抜歯痕もうまってきた♡
【病院選び】
青年海外協力隊は、任地で行く病院が指定されてます。
ただ歯医者はそこに含まれておらず、
私は事務所の同僚に紹介してもらった、本当にそこらへんにある歯医者です。
外観
アシスタントさん。いつもここでおしゃべり。今日は先生が2時間こない
【値段】
・上下:Rp.5juta(支払った日のレートだと、日本円で4万円くらい)
・どっちかだけ:3juta
・調整:1,000円~1,500円(3週間に1回、コントロールがあります。)
【抜歯について】
出っ歯だったので、歯を4本抜きました(..)
(顎が小さいから、歯が前に出てしまうらしい)
前から4番目の歯、上下左右です。
これはちょっと今でもトラウマ。
2週間に分けて、右側・左側で抜くのですが
麻酔をする時変にくらってしまい、
左上を抜く時、めまいとたちくらいみ、動機がかなりひどかったです。
抜歯した日から数日は、
・熱いもの
・辛いもの
・堅いもの は食べれません。
ずっとアイスを食べていました。
【調整について】
3週間に1回、歯医者に通い針金とゴムを変えて
歯を並べていく「コントロール」があります。
このコントロールが歯科矯正のかなめでして、
めんどくさくてさぼってしまうと、歯は並びません。
コントロールして2~3日は歯が移動するので
結構痛いです。
しばらくはお粥かパンを牛乳にひたしたものを食べます。
【期間について】
個人差がありますが、
抜歯をしない場合、コントロールちゃんとしたら半年くらいで並びます。
私は抜歯跡を埋めなければいけないので、
1年半程かかる予定です。
【食べれないもの編】
インドネシアver.
‐前歯でちぎる系‐ただ痛い。
・トウモロコシ(完全無理。)
・パン(手でちぎります)
・ランブータン
・ゴレンガン
・フライドチキン
・せんべい
‐食物繊維系‐矯正具に残っちゃう
・マンゴー
・ドラゴンフルーツ
・プルチンカンクン
‐見た目が残念になる系‐
・ラーメンとかの麺
・チンチャオとかいう、黒いゼリー
(この記事、本当に需要あるのかな・・・)
【インドネシア語とか】
pasang gigi: 歯科矯正
「mau daftar」: 診察したいんですけど
rapi :(歯が)並ぶ、キレイになる
cabut: 抜く
gigi rusak:虫歯
kumur:うがいする
sakit:痛む
この7単語あればインドネシアで矯正できるでしょう。
ただ、日本で歯科矯正をしている方のブログを読むと
「こんなに簡素でいいのか?!」ということが多々あります笑
(日本だったらレントゲンとってー、虫歯チェックしてー、型をとってーとか)
インドネシアでの治療は、かなりシンプルですw
なので、心配性の方はやっぱり日本でやった方がいいと思います。
そして、虫歯にならないようなケアが必要ですが、面倒くさがり・時間がとれない方は
やっぱり日本での治療をおすすめします。
それでも2か月、私はやっぱり矯正してよかったです♡
笑うことに対して、億劫な気持ちもなくなったし、ここだからこそ、えいやっ!の気持ちになれました。
矯正具をつけてること自体、あんまり気になりません。
2年後日本に帰るときに、矯正具を外して
笑顔で帰国したいな・・・
【値段】
・上下:Rp.5juta(支払った日のレートだと、日本円で4万円くらい)
・どっちかだけ:3juta
・調整:1,000円~1,500円(3週間に1回、コントロールがあります。)
【抜歯について】
出っ歯だったので、歯を4本抜きました(..)
(顎が小さいから、歯が前に出てしまうらしい)
前から4番目の歯、上下左右です。
これはちょっと今でもトラウマ。
2週間に分けて、右側・左側で抜くのですが
麻酔をする時変にくらってしまい、
左上を抜く時、めまいとたちくらいみ、動機がかなりひどかったです。
抜歯した日から数日は、
・熱いもの
・辛いもの
・堅いもの は食べれません。
ずっとアイスを食べていました。
【調整について】
3週間に1回、歯医者に通い針金とゴムを変えて
歯を並べていく「コントロール」があります。
このコントロールが歯科矯正のかなめでして、
めんどくさくてさぼってしまうと、歯は並びません。
コントロールして2~3日は歯が移動するので
結構痛いです。
しばらくはお粥かパンを牛乳にひたしたものを食べます。
【期間について】
個人差がありますが、
抜歯をしない場合、コントロールちゃんとしたら半年くらいで並びます。
私は抜歯跡を埋めなければいけないので、
1年半程かかる予定です。
【食べれないもの編】
インドネシアver.
‐前歯でちぎる系‐ただ痛い。
・トウモロコシ(完全無理。)
・パン(手でちぎります)
・ランブータン
・ゴレンガン
・フライドチキン
・せんべい
‐食物繊維系‐矯正具に残っちゃう
・マンゴー
・ドラゴンフルーツ
・プルチンカンクン
‐見た目が残念になる系‐
・ラーメンとかの麺
・チンチャオとかいう、黒いゼリー
(この記事、本当に需要あるのかな・・・)
【インドネシア語とか】
pasang gigi: 歯科矯正
「mau daftar」: 診察したいんですけど
rapi :(歯が)並ぶ、キレイになる
cabut: 抜く
gigi rusak:虫歯
kumur:うがいする
sakit:痛む
この7単語あればインドネシアで矯正できるでしょう。
ただ、日本で歯科矯正をしている方のブログを読むと
「こんなに簡素でいいのか?!」ということが多々あります笑
(日本だったらレントゲンとってー、虫歯チェックしてー、型をとってーとか)
インドネシアでの治療は、かなりシンプルですw
なので、心配性の方はやっぱり日本でやった方がいいと思います。
そして、虫歯にならないようなケアが必要ですが、面倒くさがり・時間がとれない方は
やっぱり日本での治療をおすすめします。
それでも2か月、私はやっぱり矯正してよかったです♡
笑うことに対して、億劫な気持ちもなくなったし、ここだからこそ、えいやっ!の気持ちになれました。
矯正具をつけてること自体、あんまり気になりません。
2年後日本に帰るときに、矯正具を外して
笑顔で帰国したいな・・・













































