【ロケ記事最終回】久々の日本食が全然日本食じゃなかった。
ようやくロケが終わった。
ロケシリーズ参照:
No.1:【ロンボクでロケをしようよ】~下準備編~
No.2:【吉報】うれしい、うれしい
No.3:【ロンボクでロケをしようよ」】~ロケハン編~
No.4:【撮影始まりました】 ロケ序盤
長かった。
そして本当にいろいろあった。この記事が最後編。
先週。取材班と合流する前日、私は一本の電話を受けた。
相手は先にロケ地にいる知り合い。
相手「みずさん、ロンボクでちょっと変わった日本食があるレストラン知りません?」
私「あぁ~、そういえば昔行った所の寿司メニューにイチゴがのっていたような・・・」
(参照:ロンボクにある日本食を食べてみた)
相手「今からそこに行って日本食食べてきてもらえませんか?」
私「えっ!!!いいんですか!?!?!?」
ロンボクにある唯一の日本食レストランに、調査でどんなメニューがあるのか、好きな物頼んでいいから写真を撮ってきてほしいとの依頼。
相手「ただし、変なやつ」
あっ・・・ですよねー。
デスシは割にマシなメニューもあるから一瞬心が躍った。
ただ、今回はちょっと変わっているメニューを好きなだけというご指示をいただき、早速2度目のデスシへ。
久しぶりの日本食、メニューの『枝豆』とか『サーモン握り』 を軽くスルーし、早速オーダー。
私「すみません、抹茶スプラッシュと、エノキカルフォルニアロールと、たぬき巻きと、メンタイ牛ラーメンと、サーモンカルパッチョの冷たいのと温かいのを」
どきどき。
オマタセシマシター。
どーん!
エノキが・・・(´・ω・`)
まさかのチェリー(´・ω・`)
まじかー。
全然ちげー。ぜんぜん日本食じゃねー。
早速写真を撮りまくり、取材班へ報告。
そこで、また隣島にいる方から連絡が。
「みずさん、食べ終わったらここに行ってマッサージしてもらってください、ラストオーダーは21:30までです!」
今度はマッサージ!
L.Oまであんまり時間がなくて、日本食をいただき次なるマッサージ屋さんへ。
早速横になる。
そして突然、耳にろうそくを突っ込まれる。
もーえーてーるー
変な日本食の次は、イヤーキャンドルと言われるマッサージを実体験。店内の写真や、詳細、取材可否を取りつけ21:30。急いで次の目的地へ行き、取材可否を取りに。
今回の取材、カメラが回るだけが取材じゃないんだな、と実感。
取材のネタとなるものを探す、コーディネーターと呼ばれるお仕事を初めて体験させていただきました。
それからも、撮影の通訳をしたり
取材班に場所を案内したり
ホテルのチェックインやチェックアウト、
飲み物を調達しに行ったり
アポイントをとりつけたり。
いろんな所に電話をかけまくったり。
毎日睡眠時間は3~4時間、ご飯は1日1食、それが4日ほど続いた。
悔しくて、一人になった時に涙を流すこともあった。
疲れすぎて、何も頭に入らなくなったり、
徹夜でインドネシア語への翻訳作業をしたり。
ロンボク島とスンバワ島がロケ地と決まった9月から約2か月と、取材班が来てからの2週間。
自分でも『あぁ、やりきったな』、と思えるほど頑張って。
こうやって一つの作品を作り上げていくんだと、ちょっと色々感銘。
今回のADさんが、私と同い年だったこともあったし。
夜な夜なホテルで女子トーク?をしたのもいい思い出。
他の活動もしながらの日々だったけれど、
自分の中ではかなり有意義な活動の一つになった。
あ、ちなみに。
私の身体をはった調査は、ネタとして却下されました。
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No.1:【ロンボクでロケをしようよ】~下準備編~
No.2:【吉報】うれしい、うれしい
No.3:【ロンボクでロケをしようよ」】~ロケハン編~
No.4:【撮影始まりました】 ロケ序盤
長かった。
そして本当にいろいろあった。この記事が最後編。
先週。取材班と合流する前日、私は一本の電話を受けた。
相手は先にロケ地にいる知り合い。
相手「みずさん、ロンボクでちょっと変わった日本食があるレストラン知りません?」
私「あぁ~、そういえば昔行った所の寿司メニューにイチゴがのっていたような・・・」
(参照:ロンボクにある日本食を食べてみた)
相手「今からそこに行って日本食食べてきてもらえませんか?」
私「えっ!!!いいんですか!?!?!?」
ロンボクにある唯一の日本食レストランに、調査でどんなメニューがあるのか、好きな物頼んでいいから写真を撮ってきてほしいとの依頼。
相手「ただし、変なやつ」
あっ・・・ですよねー。
デスシは割にマシなメニューもあるから一瞬心が躍った。
ただ、今回はちょっと変わっているメニューを好きなだけというご指示をいただき、早速2度目のデスシへ。
久しぶりの日本食、メニューの『枝豆』とか『サーモン握り』 を軽くスルーし、早速オーダー。
私「すみません、抹茶スプラッシュと、エノキカルフォルニアロールと、たぬき巻きと、メンタイ牛ラーメンと、サーモンカルパッチョの冷たいのと温かいのを」
どきどき。
オマタセシマシター。
どーん!
エノキが・・・(´・ω・`)
まさかのチェリー(´・ω・`)
まじかー。
全然ちげー。ぜんぜん日本食じゃねー。
早速写真を撮りまくり、取材班へ報告。
そこで、また隣島にいる方から連絡が。
「みずさん、食べ終わったらここに行ってマッサージしてもらってください、ラストオーダーは21:30までです!」
今度はマッサージ!
L.Oまであんまり時間がなくて、日本食をいただき次なるマッサージ屋さんへ。
早速横になる。
そして突然、耳にろうそくを突っ込まれる。
もーえーてーるー
変な日本食の次は、イヤーキャンドルと言われるマッサージを実体験。店内の写真や、詳細、取材可否を取りつけ21:30。急いで次の目的地へ行き、取材可否を取りに。
今回の取材、カメラが回るだけが取材じゃないんだな、と実感。
取材のネタとなるものを探す、コーディネーターと呼ばれるお仕事を初めて体験させていただきました。
それからも、撮影の通訳をしたり
取材班に場所を案内したり
ホテルのチェックインやチェックアウト、
飲み物を調達しに行ったり
アポイントをとりつけたり。
いろんな所に電話をかけまくったり。
毎日睡眠時間は3~4時間、ご飯は1日1食、それが4日ほど続いた。
悔しくて、一人になった時に涙を流すこともあった。
疲れすぎて、何も頭に入らなくなったり、
徹夜でインドネシア語への翻訳作業をしたり。
ロンボク島とスンバワ島がロケ地と決まった9月から約2か月と、取材班が来てからの2週間。
自分でも『あぁ、やりきったな』、と思えるほど頑張って。
こうやって一つの作品を作り上げていくんだと、ちょっと色々感銘。
今回のADさんが、私と同い年だったこともあったし。
夜な夜なホテルで女子トーク?をしたのもいい思い出。
他の活動もしながらの日々だったけれど、
自分の中ではかなり有意義な活動の一つになった。
あ、ちなみに。
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【どんどん離れていく配属先との心の距離】
取材が終わって、生活にもいつも通りのルーチンが戻ってきた。ちょっと腰を据えて、12月までにやらなきゃいけないことをまとめる。
やばいよー。
どっから手をつければいいんだよー。
12月は、雑誌業界の次なるコンテンツの企画会議が行われるようで、テレビの次は雑誌に向けて動き始めなければいけない。
ただ今月末はジャカルタに行き
11月も観光の仕事でジャカルタに行き
末は私の家族が来るし
12月上旬は総会でジャカルタ、終わったらすぐに日本に一時帰国。
そんな中、前出張でお世話になった方から個別に連絡をもらい、来月インドネシアでのプロジェクトに通訳として同行してほしいとの依頼。
私は、今の状況を色々どうしていいか分からず、JICAの調整員さんに電話した。
「青年海外協力隊って、井戸を掘るイメージ!!」
私も最初はそう思っていた。
地元の人達、配属先のインドネシア人たち。一緒に活動をしていきたい、という私の気持ちは裏腹に
私の活動が忙しくなれば忙しくなる程、配属先との距離を感じるようになった。
日本の取材班に同席し、配属先にいる時間が少なくなった。
こうやって腰を落ち着けて、配属先に戻ってくると、
何を言われるわけではない、ただどうしても心の中で壁ができてしまったことは、見てみぬふりはもうできない。
国際協力の主役は、地元の人達。
わかっているから、このどうしようもない状況に肩を落とす。
私「どうしたらいいのか分からないんです。職場との心の距離が、どんどん空いてしまっています。これから12月末まで、私の活動スケジュールは、一人でできてしまうことばかりです。残りの1年、私はこのままでいいんでしょうか」
調「みずさんがやっていることは、決して意味のないことではないですよ。」
協力隊に参加して、前の職場環境と大きく変わったことは、『上司がいなくなった』こと。
働いている時は、自分が担当しているクライアントとはいえ、すぐに上司に相談をすることができた。
「ちょっと一服しませんか」と言って、一緒に喫煙ルームに行き、上司がタバコを吸っている間に、意見を聞けた。
ただ、今は違う。すべて自分で軌道修正も、振り返りも今後のことも、基本的には自分でやらなければいけない。
だから、時々自信がなくなる。
自分がこうだ!と思ってることが、実は違ったら。
毎日、なんとなく過ぎていく日々の中で、小さな選択を繰り返す。
起きてから、寝るまで
何を着るか
朝は何を食べる
何時に起きる
今日の交通手段はこれ。
尋ねられた時、こう言う
今日の仕事はここまで
今日は何時に寝る
毎日、小さな小さな選択を少しずつしていて
それはもう生きてきた期間の積み重ねであって
その小さな積み重ねが、今の自分になってる。
間違いなんてない
それを選択したのが私という人間だから。
でも自分だけの幸せじゃなくて
一人でも多くの人が幸せになる方を選択していきたいと思う。
私のばあちゃんが、ママに言って聞かせたコト。
ママと電話をすると、そうやって私を励ましてくれる。
多忙と、先輩の任短で今月はちょっと元気がなかったけど。
調整員さんとの電話でなんかちょっと復活した。
よし。
頑張ろう。
じゃなくて、
楽しもう。
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やばいよー。
どっから手をつければいいんだよー。
12月は、雑誌業界の次なるコンテンツの企画会議が行われるようで、テレビの次は雑誌に向けて動き始めなければいけない。
ただ今月末はジャカルタに行き
11月も観光の仕事でジャカルタに行き
末は私の家族が来るし
12月上旬は総会でジャカルタ、終わったらすぐに日本に一時帰国。
そんな中、前出張でお世話になった方から個別に連絡をもらい、来月インドネシアでのプロジェクトに通訳として同行してほしいとの依頼。
私は、今の状況を色々どうしていいか分からず、JICAの調整員さんに電話した。
「青年海外協力隊って、井戸を掘るイメージ!!」
私も最初はそう思っていた。
地元の人達、配属先のインドネシア人たち。一緒に活動をしていきたい、という私の気持ちは裏腹に
私の活動が忙しくなれば忙しくなる程、配属先との距離を感じるようになった。
日本の取材班に同席し、配属先にいる時間が少なくなった。
こうやって腰を落ち着けて、配属先に戻ってくると、
何を言われるわけではない、ただどうしても心の中で壁ができてしまったことは、見てみぬふりはもうできない。
国際協力の主役は、地元の人達。
わかっているから、このどうしようもない状況に肩を落とす。
私「どうしたらいいのか分からないんです。職場との心の距離が、どんどん空いてしまっています。これから12月末まで、私の活動スケジュールは、一人でできてしまうことばかりです。残りの1年、私はこのままでいいんでしょうか」
調「みずさんがやっていることは、決して意味のないことではないですよ。」
協力隊に参加して、前の職場環境と大きく変わったことは、『上司がいなくなった』こと。
働いている時は、自分が担当しているクライアントとはいえ、すぐに上司に相談をすることができた。
「ちょっと一服しませんか」と言って、一緒に喫煙ルームに行き、上司がタバコを吸っている間に、意見を聞けた。
ただ、今は違う。すべて自分で軌道修正も、振り返りも今後のことも、基本的には自分でやらなければいけない。
だから、時々自信がなくなる。
自分がこうだ!と思ってることが、実は違ったら。
毎日、なんとなく過ぎていく日々の中で、小さな選択を繰り返す。
起きてから、寝るまで
何を着るか
朝は何を食べる
何時に起きる
今日の交通手段はこれ。
尋ねられた時、こう言う
今日の仕事はここまで
今日は何時に寝る
毎日、小さな小さな選択を少しずつしていて
それはもう生きてきた期間の積み重ねであって
その小さな積み重ねが、今の自分になってる。
間違いなんてない
それを選択したのが私という人間だから。
でも自分だけの幸せじゃなくて
一人でも多くの人が幸せになる方を選択していきたいと思う。
私のばあちゃんが、ママに言って聞かせたコト。
ママと電話をすると、そうやって私を励ましてくれる。
多忙と、先輩の任短で今月はちょっと元気がなかったけど。
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10/23/2015
協力隊活動
【先輩、突然の任短】2年間の活動を全うすること
この1、2週間。
忙殺の極みだった。
だからこそ、その期間中に突然一番仲のいい先輩の任短が決まっても。
私はいつまでたっても実感がなかった。
先輩というより、同期だと思っていた。色々あって、ロンボクに赴任した日が一緒だったから。
ロンボク島へは、私たちが赴任してから後輩隊員が入ってくるのに時間があいて、しばらく隊員は、海さん(アラビア語のあだ名)と私の二人だけ。
だからこそ、
よくお泊りもしたし、
しょっちゅうサーフィンもしてたし
富士山級の山にも二人で登りに行った。
二人で一緒にやったことなんて、ここじゃ書ききれないし、
海さんの職種から、海さんの考え方から、たっくさんのことを考えたし、影響を受けた。
海さんがしんどそうなのは、私も知っていた。
任短理由はかつて私が考えたコトと同じ。いろんな理由があって、活動ができない。
そんな海さんから電話がかかってきたのは、私がロンボクでロケハンをしている最中。
電話はよくしていたけど、なんだか様子がおかしくて、
「海さん、どうしたの」と聞いたら、海さんは泣き出してしまった。
話しを聞いて、私はその場で何も言ってあげられることができない。
海さんがこれ以上配属先で活動ができるとは、もう思えなかったから。
だからと言って、私は「日本に帰ろう」とも言えなかった。
任短が正式に決まったのは、その電話がかかってきた3日後。
JICAに話した海さんは、その後土日を挟んで5日後に、日本へ帰ることになった。
任短は、思ったよりあっという間で
思ったよりあっけなくて
でも、思ったより残された身はずっと心に引っかかってしまうんだってことが分かった。
帰国日がたまたま出張で隣島にいく前日で、私は急きょロンボク空港に見送りに行った。
ありのままを書いたつもりの手紙を渡したら、
身体が「なんかいつもと違うぞ」ってなって
やっぱり涙が出てしまう。
どうしようもない気持ちになった。
幸いにも、任短が決まった海さんの顔は明るく、晴れ晴れしく、嬉しそうだった。
空港から帰る途中のタクシーで、「2年間の活動を全うできること」が当たり前じゃあないんだって感じる。
最近のバングラで起こった邦人殺害で、イスラムであるインドネシアでも安全対策の連絡が頻繁に入る。
安全対策上で、ブログ内で記載してはいけないキーワードや内容も、指定されている。
チュニジアの同じ生活班だった同期は、治安の理由で1年で任国が変更になった。
ブルキナの協力隊の友達も、1か月ほど情勢不安で避難していたそう。
私は今でも、交通事故を起こした時に、同期に言われたことが忘れられない。
「生きて日本に帰ろうね」
協力隊の活動ってなんなんだろうな、って思う。
自分の意思であれ、そうじゃなかれ、任短をして2年間を全うできない人が、私の周りにもたくさんいる。
私も一時期、任短について悩んだことがある。
(【幸せだけど、これでいいんだろうか】任期短縮ということを考えてみる)
私がそれを乗り越えて、踏みとどまったのは、それでもまだ出きることがあると思ったから。
でも、身体も心も健康で「日本に帰る」という最大のミッションを達成しなければいけない私たちにとって任短は、ネガティブなことじゃあない。
周りの目なんて気にせず、「帰る」ことを一番に、自分が納得できればそれでいいんだ。
身近な人が任短になって、今一瞬を、もっと大切にしないといけないと痛感する。
もうすぐ1年。
そう思わせてくれるには、十分すぎる出来事だった。
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忙殺の極みだった。
だからこそ、その期間中に突然一番仲のいい先輩の任短が決まっても。
私はいつまでたっても実感がなかった。
先輩というより、同期だと思っていた。色々あって、ロンボクに赴任した日が一緒だったから。
ロンボク島へは、私たちが赴任してから後輩隊員が入ってくるのに時間があいて、しばらく隊員は、海さん(アラビア語のあだ名)と私の二人だけ。
だからこそ、
よくお泊りもしたし、
しょっちゅうサーフィンもしてたし
富士山級の山にも二人で登りに行った。
二人で一緒にやったことなんて、ここじゃ書ききれないし、
海さんの職種から、海さんの考え方から、たっくさんのことを考えたし、影響を受けた。
海さんがしんどそうなのは、私も知っていた。
任短理由はかつて私が考えたコトと同じ。いろんな理由があって、活動ができない。
そんな海さんから電話がかかってきたのは、私がロンボクでロケハンをしている最中。
電話はよくしていたけど、なんだか様子がおかしくて、
「海さん、どうしたの」と聞いたら、海さんは泣き出してしまった。
話しを聞いて、私はその場で何も言ってあげられることができない。
海さんがこれ以上配属先で活動ができるとは、もう思えなかったから。
だからと言って、私は「日本に帰ろう」とも言えなかった。
任短が正式に決まったのは、その電話がかかってきた3日後。
JICAに話した海さんは、その後土日を挟んで5日後に、日本へ帰ることになった。
任短は、思ったよりあっという間で
思ったよりあっけなくて
でも、思ったより残された身はずっと心に引っかかってしまうんだってことが分かった。
帰国日がたまたま出張で隣島にいく前日で、私は急きょロンボク空港に見送りに行った。
ありのままを書いたつもりの手紙を渡したら、
身体が「なんかいつもと違うぞ」ってなって
やっぱり涙が出てしまう。
どうしようもない気持ちになった。
幸いにも、任短が決まった海さんの顔は明るく、晴れ晴れしく、嬉しそうだった。
空港から帰る途中のタクシーで、「2年間の活動を全うできること」が当たり前じゃあないんだって感じる。
最近のバングラで起こった邦人殺害で、イスラムであるインドネシアでも安全対策の連絡が頻繁に入る。
安全対策上で、ブログ内で記載してはいけないキーワードや内容も、指定されている。
チュニジアの同じ生活班だった同期は、治安の理由で1年で任国が変更になった。
ブルキナの協力隊の友達も、1か月ほど情勢不安で避難していたそう。
私は今でも、交通事故を起こした時に、同期に言われたことが忘れられない。
「生きて日本に帰ろうね」
協力隊の活動ってなんなんだろうな、って思う。
自分の意思であれ、そうじゃなかれ、任短をして2年間を全うできない人が、私の周りにもたくさんいる。
私も一時期、任短について悩んだことがある。
(【幸せだけど、これでいいんだろうか】任期短縮ということを考えてみる)
私がそれを乗り越えて、踏みとどまったのは、それでもまだ出きることがあると思ったから。
でも、身体も心も健康で「日本に帰る」という最大のミッションを達成しなければいけない私たちにとって任短は、ネガティブなことじゃあない。
周りの目なんて気にせず、「帰る」ことを一番に、自分が納得できればそれでいいんだ。
身近な人が任短になって、今一瞬を、もっと大切にしないといけないと痛感する。
もうすぐ1年。
そう思わせてくれるには、十分すぎる出来事だった。
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【撮影始まりました】そりゃ一筋縄にはいかないか
約半年以上の期間を経て、ついに私の配属先管轄であるロンボク島、スンバワ島でのロケが始まりました。
ロケシリーズ参照:
No.1:【ロンボクでロケをしようよ】~下準備編~
No.2:【吉報】うれしい、うれしい
No.3:【ロンボクでロケをしようよ」】~ロケハン編~
昨日その初日を終え、長期にわたるロケが幕をあけた。
ただ、すったもんでインドネシアでの撮影なぞ、想像はできていたけどトラブルの連続。 その一部をご紹介。
朝配属先には入らず、ロケ地周辺で待機。すると、取材班を迎えに行っていた方から電話が入り、『インドネシアの同僚を5名程用意してくれないか』とのこと。
急いでカウンターパートに連絡。
つながらず。
副カウンターパートに電話。
み「5名の同僚を集めることができますか?」
アグさん「えぇ、、私は部下を持っていないのでできません。アリさん(CP)に聞いてください」
あからさまに嫌そう。
み「さっき電話したけど出ませんでした。今アリさんは事務所にいますか?」
アグさん「確認しますね。」
電話切る。
するとすぐにSMS。
アグさん「アリさんは病気で、事務所には入っていませんでした・・・」
うーん、、、そこで解決策がほしかったんだけどな・・・
み「どうしたらいいですか?」
アグさん「どうしたらいいですかね・・・」
み「今日はインターンの学生は事務所にいますか?」
アグさん「学生に聞いたら、撮影地が遠いので行きたくないそうです。他の同僚たちも、遠いからいやだと言っていて、私も混乱しています。」
ハナシ全然進まねー。
いやしかし、おかしいぞ。
ロケ地はさほど遠くないし、仕事がない学生らは、事務所のソファで寝て時間をつぶしているっていうのに、「遠いから行きたくない」なんて、そんな腹の立つ学生インターンがあるか!!!!
私はもう少し突っ込む。
み「交通費はこっちで負担するので、タクシーのっていいと伝えてください。」
アグさん「でも、事務所に人がいないんです。。とても静かです。誰に言えばいいんですか。私はもう分かりませんよ」
アグさん自暴自棄になる。
これ、聞いてないな。
結局私は配属先へと向かう。
アグさんの顔を見たら、イライラが伝わってしまう気がしたので、アグさんの部屋をいったんスルーして自分の部屋へ。
いるいるー。学生も暇そうだし、他の同僚たちもふつうにいるー。
その場で同僚を5名確保し、(やっぱり何の問題もなくOKだった。協力してくれることになった。)アグさんの所へ行き、
「さっきはどうもありがとう、5名集まったからもう心配ないよ」とだけ伝え、それでもなんだかモヤモヤしたので、アグさんも連帯責任で撮影現場に連れていくことに。
いざ撮影が始まると、彼らは土壇場で力を発揮し、なんとかなっちゃうんだから驚く。
パノラマ撮影した、雨上がりの虹と虹色の傘。よく見ると180度の虹が二重になってる!
1日目は色々ありつつ無事に終了。私はしばらくロンボクで調査を進めますが、来週から単身で隣島に渡り、取材班と合流します。後半は通訳とコーディネーターを一人でこなす予定です。
とりあえず何事もなく終わりますように。
また、続編、書きます。
たぶん。
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ロケシリーズ参照:
No.1:【ロンボクでロケをしようよ】~下準備編~
No.2:【吉報】うれしい、うれしい
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No.3:【ロンボクでロケをしようよ」】~ロケハン編~
昨日その初日を終え、長期にわたるロケが幕をあけた。
ただ、すったもんでインドネシアでの撮影なぞ、想像はできていたけどトラブルの連続。 その一部をご紹介。
朝配属先には入らず、ロケ地周辺で待機。すると、取材班を迎えに行っていた方から電話が入り、『インドネシアの同僚を5名程用意してくれないか』とのこと。
急いでカウンターパートに連絡。
つながらず。
副カウンターパートに電話。
み「5名の同僚を集めることができますか?」
アグさん「えぇ、、私は部下を持っていないのでできません。アリさん(CP)に聞いてください」
あからさまに嫌そう。
み「さっき電話したけど出ませんでした。今アリさんは事務所にいますか?」
アグさん「確認しますね。」
電話切る。
するとすぐにSMS。
アグさん「アリさんは病気で、事務所には入っていませんでした・・・」
うーん、、、そこで解決策がほしかったんだけどな・・・
み「どうしたらいいですか?」
アグさん「どうしたらいいですかね・・・」
み「今日はインターンの学生は事務所にいますか?」
アグさん「学生に聞いたら、撮影地が遠いので行きたくないそうです。他の同僚たちも、遠いからいやだと言っていて、私も混乱しています。」
ハナシ全然進まねー。
いやしかし、おかしいぞ。
ロケ地はさほど遠くないし、仕事がない学生らは、事務所のソファで寝て時間をつぶしているっていうのに、「遠いから行きたくない」なんて、そんな腹の立つ学生インターンがあるか!!!!
私はもう少し突っ込む。
み「交通費はこっちで負担するので、タクシーのっていいと伝えてください。」
アグさん「でも、事務所に人がいないんです。。とても静かです。誰に言えばいいんですか。私はもう分かりませんよ」
アグさん自暴自棄になる。
これ、聞いてないな。
結局私は配属先へと向かう。
アグさんの顔を見たら、イライラが伝わってしまう気がしたので、アグさんの部屋をいったんスルーして自分の部屋へ。
いるいるー。学生も暇そうだし、他の同僚たちもふつうにいるー。
その場で同僚を5名確保し、(やっぱり何の問題もなくOKだった。協力してくれることになった。)アグさんの所へ行き、
「さっきはどうもありがとう、5名集まったからもう心配ないよ」とだけ伝え、それでもなんだかモヤモヤしたので、アグさんも連帯責任で撮影現場に連れていくことに。
いざ撮影が始まると、彼らは土壇場で力を発揮し、なんとかなっちゃうんだから驚く。
撮影前にスコールが降って、村の人達がバナナの葉っぱで傘を作ってくれた
1日目は色々ありつつ無事に終了。私はしばらくロンボクで調査を進めますが、来週から単身で隣島に渡り、取材班と合流します。後半は通訳とコーディネーターを一人でこなす予定です。
とりあえず何事もなく終わりますように。
また、続編、書きます。
たぶん。
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No.1:【ロンボクでロケをしようよ】~下準備編~
No.2:【吉報】うれしい、うれしい
No.3:【ロンボクでロケをしようよ」】~ロケハン編~
10/10/2015
協力隊活動
【これは本当に協力隊の生活か!?】海の前の家に住む。
大潮で波が小さかったこの前の休日。うみさんとファンサーフ
ヨロヨロだけど笑 すっかりはまってしまったサーフィン
犬1匹と、ネコ6匹と人間1人の共同生活が始まった。
海から徒歩3分のロケーションにある家は、
湯舟があって
お湯が出て
洗濯機も
掃除機も
電子レンジもあって。
家に窓がたくさんついていて
NHKもついてる
インターネットも使いたい放題
住宅エリアで入口には守衛さんがいるので安心
そして何より静か
その方が「冷蔵庫にあるもの勝手に食べていいから」とのことで
久々の豚肉に、日本の調味料類。
チーズケーキにハーゲンダッツ。
はあぁぁぁ。。。。。
これは本当に協力隊の生活なのか!?と、毎日目を疑う光景です。
朝5時に起きて、
犬と猫のトイレを取り
エサをあげ
洗濯をし(スイッチ一つ!)
掃除機をかける。(掃除機すごい!)
うーん、なんと非日常。
大通りに出るまでに、住んでいる外国人のおっちゃんたちに挨拶をし
7時に家を出て配属先へ。
調査やなんやかんやあって、帰ると20時頃。
ネコと犬にエサをやって
お風呂の掃除
湯舟に浸かって
コーヒーをいれ
ロッキングチェアーに揺られながら
ボサノバなんかをBGMに
今日も1日が終わるなあ、なんて
庭に咲いているハイビスカスや、プルメリアなどのトロピカルな花たちを鑑賞して
眠りにつく。
これだよー。これこれ。
南の島の生活と言ったら、こうでしょうー。
老後はこんな生活、いいなー。
海の前の家に住むのが夢。
いろんな人を自宅に招いて。
ホームパーティーなんかしちゃって。
ただ残念ながら、2週間弱のはかない夢。
この生活が終わったら、ネズミが這うワンルームの家に戻り
水シャワーな生活が待っている。
いや、これでいいんだ。
そんな生活も、嫌いじゃない。
さぁ、ロケハン大詰め!
いよいよ日本から取材班がいらっしゃいます。
長期にわたる撮影。
気合いいれよう。
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本当にうれしいです。応援ありがとうございます。
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10/08/2015
生活
【ロンボクでロケをしようよ!】~ロケハン編~
日本からのメディア誘致の次のステップで、日曜日~月曜日にかけて、隣島にてロケハンに。
(参照:【ロンボク島でロケをしようよ】~下準備編~)
初めて知ったけれど、ロケハンはロケーションハンティングの略らしく、私はてっきりロケ班かと思ってた。
実際に日本からメディアさんたちが来る前に、事前にアポを取りつけたり細かなデータ収集が今回の目的。
一緒に取り組ませていただいている方と、いざ出発。
出発時間の朝4時。スーパームーンとモスクがいいカンジ
港から見えた朝日がキレイ。
5時間かけて車で隣島に移動し、調査開始。
伝説の黒い鶏を探して、市場や住民へ聞き込みをしたり
人口データを調べに、区役所的な所へ訪問したり。
ウニを求めて、早朝海へ行き岩場をひたすら探したり。
車に乗って走行している時に、道の間にわずかに見えた黒い物体が伝説の鶏なんじゃないかと、
急きょ車を止めてもらい、細い道を、淡い期待をこめて追いかけたりした。
地べたに座っているおじさん、バイクの修理屋さん、ジュースを売っているおばちゃんたち。
たくさんの人に話しを聞いてまわり、
確かな情報がほしいのに
想像で答を考えたり、「ここで女の子が通るのを眺めていたんだ」というおじさんにくすっとし、
あぁ、南の島で生きているんだなあなんてちょっと可笑しくなったりした。
傍から見たら、なにをやってるんだと笑われてしまうだろうけど、これが私の立派な活動の一つなのだ。
時間が少しだけ空いて、夕日を見に海へ行き、運転手さんと隣島で出会ったご家族と、夕焼け空のもとゆっくりすることもできた。
ここで働くことは、そりゃ色々あるけれど。
うまくいかないことばかりだけど。
頑張っても報われないことの方が多いけど。
それでも確かに1年間、私はこの島で走り続けてきたんだな、となんか妙に腹落ちしたりもした。
帰ってきて、セミが鳴き始めたロンボクで、確実に季節が雨季に近づいていることを実感する。
私にとって、2度目の雨季。
たくさんの果物が、雨季に豊作となるように
残りの1年、私の活動も実になりますように。
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ちょっと休憩。
日本からメディアが来ることが決まって(【吉報】うれしい、うれしい) 今やその準備におわれている。
インドネシアの撮影ビザについて調べたり。
配属先も撮影候補にあがっており、会議や書類作成し
ネタ収集や、2度にわたるロケハンの準備。
昨日も18時から、一緒に活動している方と21:30まで打ち合わせ。
全く同時進行で動いている、ロンボクの地図作成と、先週行っていた出張の報告書や事務処理。
私は忙しいのがうれしくて、いくらでも頑張れるんだけど。
それと相反して、イライラしちゃうし、どうしようもなく疲れるし、肩をおとしてしまう。
今日火曜日、朝一でレポートを作ったら、一気にガタがきてしまった。思ってたより、頑張れないんだなー。
先週出張から帰ってから、家にネズミ被害が再発して、フンだらけ、夜も眠れず。ネズミの血っぽいのも流れてるし。
何より一番疲れる原因となっているのが、やっぱり配属先で。こんなこと言いたくないんだけどさ。
「メディアを日本から呼ぼう!」
唯一カウンターパートから言われた私の活動。
配属先が求めているのなら、私を必要としてくれているのなら、とマンパワーながら動いていた。
いざ、日本からテレビ局がきますよ、となった時のその対応。もう、堪忍袋の緒が7回くらいぶちぎれた。
事の発端は、先週。急きょロケが前倒しになり、事前の調査を急ぎでしなければならなかった。
私はタイミング悪く出張中で、明日明後日までに確認しなければいけない内容を、電話とSMSで2人のCPに相談。
1人のCPからは、「みずさんが帰ってからMTGしましょう」と返信があったものの、本命のCPからは返事が来ず。
まー。返事が来ないことはだいたい想像できたから、そこはOK。
週明けの昨日、2人のCPと私でMTGをした時。
私の直属の部長は、くっちゃくちゃとバナナや枝豆を食べながら、私の話しなんて聞いちゃいない。
挙句の果てには、新聞に手を伸ばしたり、話がまだ終わっていないのに離席し、他の同僚とどうでもいい話をしに行って、帰ってこない。
食べカスだけ残していくなよ
配属先が求めているのなら、私を必要としてくれているのなら、とマンパワーながら動いていた。
いざ、日本からテレビ局がきますよ、となった時のその対応。もう、堪忍袋の緒が7回くらいぶちぎれた。
事の発端は、先週。急きょロケが前倒しになり、事前の調査を急ぎでしなければならなかった。
私はタイミング悪く出張中で、明日明後日までに確認しなければいけない内容を、電話とSMSで2人のCPに相談。
1人のCPからは、「みずさんが帰ってからMTGしましょう」と返信があったものの、本命のCPからは返事が来ず。
まー。返事が来ないことはだいたい想像できたから、そこはOK。
週明けの昨日、2人のCPと私でMTGをした時。
私の直属の部長は、くっちゃくちゃとバナナや枝豆を食べながら、私の話しなんて聞いちゃいない。
挙句の果てには、新聞に手を伸ばしたり、話がまだ終わっていないのに離席し、他の同僚とどうでもいい話をしに行って、帰ってこない。
食べカスだけ残していくなよ
今、めちゃくちゃ大事なハナシをしているんですけど!!!(泣
私と、もう一人のCPは顔を見合わせて、「僕もインドネシア人だけど、彼が何を考えてるのか分からない。あの態度は失礼極まりない」と言っていた。
大丈夫ですよ、私はもう慣れました。とだけ言う自分も、やっぱりむなしい。
根本的に違うのが、誰もかれも責任を取りたがらない。それが部長だって、誰だって。
まぁ、そうだよな。
いつもしんどい時に、助けてくれる日本人の方にも言われた。
私は2年間という中で何かをしたい、と鼻息荒く頑張っちゃうけど。
配属先は、これからずーっと、このままも同じ配属先なんだもんな。
まだまだだなあ。
調整員さんに言われるように、「うまくいかないことも楽しんで」いかんといけん。
ちょっと休憩。
コーヒーのんで、地図の赤入れをして、調査を再開しよう。
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【動いている方が何倍も楽しい】
最近活動がかなり活発に動いていて、しばらく息つく間もないほどバタバタしてた。
出張中、前職の先輩たちに再会できた:)
『忙しい』ということばを使うのは、なんだか他のチャンスを逃がしてしまいそうで避けたいトコロ。
ともあれ。せっかくだから、まとめてメモしておこうと思う。
①地元の人達が考える、田舎体験ツアー
田舎で、『田舎体験ツアー』を組んでいるインドネシア人にであった。実際その地域に足を運び、ツアー内容、ルート、パッケージの内容を見させてもらった。
コーディネーターのハディさん。
昔ながらの方法でお米をとる
このツアーはまだ検討中の段階で、うまく私の配属先とつなげることができないかと模索中。チラシのデザインから、パッケージ内容(市場で買い物をして、こっちのお母さんたちと料理をして、田んぼを散策)、対象地がゴミだらけということも現在は問題。
「僕は学校を出ていないから、インドネシア語でチラシを作ることができないんだ。みず、なんとか一緒にやってくれないか?」
うれしかったな。自ら自分たちの地域や、島のことを考えるインドネシア人に会えて。
②一村一品運動で成功している事例視察
8月、忍び込んだパーティー先で出会った団体から招待をいただけて、ジャワ州のGarutという県に視察に行ってきた。
(→その時のブログ)
突然通訳を依頼され、600人いる前で紹介してもらった時の写真。
1泊2日のツアーだったけれど、非常に有意義で、たくさんヒントがあった。
ロンボクの観光局から私が来るということで、ガルットの観光局のプロモーション部長などがいらっしゃり、意見交換をすることができた。
ガルット側は、避暑地として日本人観光客を増やしたいという。
12月に、ガルットからロンボクまで来て、配属先の人達と意見交換をすることになった。
一つの出来事から、どんどん活動が広がってゆきます。
とりあえず、月曜日からも想定されるバタバタな日々。
出張のレポート作って、事務処理をして、ロケハンの準備と、メディア誘致の調整を。地図の構成があがったので赤入れをして。
学校訪問の準備も同時でやって。
動いている方が、やっぱり何倍も楽しいや。でもそれは、動けていなかった半年の時間があったからだって信じてる。無駄なことなんて、ない。あと一年、最後までそうやって思えてるかな。
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出張中、前職の先輩たちに再会できた:)
『忙しい』ということばを使うのは、なんだか他のチャンスを逃がしてしまいそうで避けたいトコロ。
ともあれ。せっかくだから、まとめてメモしておこうと思う。
①地元の人達が考える、田舎体験ツアー
田舎で、『田舎体験ツアー』を組んでいるインドネシア人にであった。実際その地域に足を運び、ツアー内容、ルート、パッケージの内容を見させてもらった。
コーディネーターのハディさん。
昔ながらの方法でお米をとる
このツアーはまだ検討中の段階で、うまく私の配属先とつなげることができないかと模索中。チラシのデザインから、パッケージ内容(市場で買い物をして、こっちのお母さんたちと料理をして、田んぼを散策)、対象地がゴミだらけということも現在は問題。
「僕は学校を出ていないから、インドネシア語でチラシを作ることができないんだ。みず、なんとか一緒にやってくれないか?」
うれしかったな。自ら自分たちの地域や、島のことを考えるインドネシア人に会えて。
②一村一品運動で成功している事例視察
8月、忍び込んだパーティー先で出会った団体から招待をいただけて、ジャワ州のGarutという県に視察に行ってきた。
(→その時のブログ)
突然通訳を依頼され、600人いる前で紹介してもらった時の写真。
1泊2日のツアーだったけれど、非常に有意義で、たくさんヒントがあった。
ロンボクの観光局から私が来るということで、ガルットの観光局のプロモーション部長などがいらっしゃり、意見交換をすることができた。
ガルット側は、避暑地として日本人観光客を増やしたいという。
12月に、ガルットからロンボクまで来て、配属先の人達と意見交換をすることになった。
一つの出来事から、どんどん活動が広がってゆきます。
とりあえず、月曜日からも想定されるバタバタな日々。
出張のレポート作って、事務処理をして、ロケハンの準備と、メディア誘致の調整を。地図の構成があがったので赤入れをして。
学校訪問の準備も同時でやって。
動いている方が、やっぱり何倍も楽しいや。でもそれは、動けていなかった半年の時間があったからだって信じてる。無駄なことなんて、ない。あと一年、最後までそうやって思えてるかな。
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9/19/2015
協力隊活動
【こんな時どうすれば?】マンディ中の断水。
まさに今、トラブルの真っ最中。
停電はしょっちゅうあるロンボクですが、実は断水というのはまだ赴任して2回目。
(1回目の断水は、洗濯中だった。→前回ブログ)
こんな時、どうしてますか?
ちょうど水浴び(のことをマンディと言います。)中の断水。
しかも、
シャンプーする前までは普通に出てた。
シャンプーして髪を洗い流そうと思ったら、どんどん水が弱くなり、やばい、、やばいと顔だけ洗ったらお水が出なくなってしまった。
結果取り残された私は、全身泡だらけ、水浸し、手も足も泡にまみれております。
家中にある蛇口を裸でうろうろしてひねってみたものの、残されていくのは、泡で汚れていくフロア。
とりあえずタオルとウェットティッシュで拭いて、耳元でシャワシャワと泡が潰れていく音を聞きながら、途方もなくこのブログを書いています。
お水が当たり前に出るって、ほんと素晴らしいことなんだな
前回しかりだけど、断水のタイミングが悪すぎる。
このまま身体が乾くのを待って、水を待つしかないかな。
だいたいのことは動じなくなったと思ったのに。だいたいのことが想定外すぎて。毎回たじたじ。
停電はしょっちゅうあるロンボクですが、実は断水というのはまだ赴任して2回目。
(1回目の断水は、洗濯中だった。→前回ブログ)
こんな時、どうしてますか?
ちょうど水浴び(のことをマンディと言います。)中の断水。
しかも、
シャンプーする前までは普通に出てた。
シャンプーして髪を洗い流そうと思ったら、どんどん水が弱くなり、やばい、、やばいと顔だけ洗ったらお水が出なくなってしまった。
結果取り残された私は、全身泡だらけ、水浸し、手も足も泡にまみれております。
家中にある蛇口を裸でうろうろしてひねってみたものの、残されていくのは、泡で汚れていくフロア。
とりあえずタオルとウェットティッシュで拭いて、耳元でシャワシャワと泡が潰れていく音を聞きながら、途方もなくこのブログを書いています。
お水が当たり前に出るって、ほんと素晴らしいことなんだな
前回しかりだけど、断水のタイミングが悪すぎる。
このまま身体が乾くのを待って、水を待つしかないかな。
だいたいのことは動じなくなったと思ったのに。だいたいのことが想定外すぎて。毎回たじたじ。
9/19/2015
生活
【あの日から1年。】プレ一年記念日。
思ったより早く次の記念日が来た。(→前回記念日ブログ:赴任300日目に思うコト)
9月9日。 一年前の今日、私はまだ訓練所で訓練の真っ最中だった。最後の語学試験を目の前に、訓練も忙しさのピークを迎え、寝不足の日々が続いてた。
確か、火曜日。
火曜日の19:10からは、毎回班ゼミみたいなのがあって、私たち12班は一年後の自分へ、メッセージビデオを作っていた。
最近バタバタしていたけれど、なんかあったな、なんだっけなと頭の奥で残っていた一年前の今日の日の事。
今そのビデオを見返すと、一人でにやけてしまう。
12人の、世界中で頑張っている同期の仲間たちが、今日の私たちに向けてメッセージを残している。
私はこんなことを言っていた。
***********
『1年後の自分へ。2014年9月9日の私より』
1年後の自分は笑えていますか?
1年後の自分は太っていませんか?
1年後の自分はインドネシアという国を愛せていますか?
1年後の自分は、jocvという仕事に対し幸せを感じることができていますか?
NTCでの生活と、応援してくれる家族や友達のことだけは、いつまでも忘れないでください。
***********
私の1年後のメッセージは、、
これだけ・・・か
2014年の私が、2015年に託した想いは、自分の想像をはるかに超えて目的を達成してしまっているようです。
2015年9月9日の私は、毎日笑っていて、むしろ太るどころか、NTCでマックス太りすぎた体重は落ちつき、ロンボクを愛していて、心から今ここに来れてよかった、とそう思えています。
もうすぐで1年。
今は活動の指標も大枠が決まっていて、それに向かって動いている。
でもここで改めて。
できること、必要なことを整理しようと思う。
独りよがりの活動になっていないか、ロンボクの人達が主体となっているのか。見直そうと思う。
前々回のブログで、前向きになる曲を載せたら、お友達がこの歌もいいよ、と教えてくれました。
UVERWORLD - Fight For Liberty
『 人生が二度あるなら こんな険しい道は選ばないだろう
でもこの一回 たった一回しかチャンスが無いのなら
何もかも諦めて生きていくつもりは無い
後ろに明日は無い 力を宿せWAR』
私この曲知らなくて、きっと素敵な曲なんだろうなあって思うけど、私の住んでいる国ではYouTubeが非対応で聞けない・・・
気持ちがうれしかったです。ありがとう。
そんなプレ1年記念日は、私のプレイリストNo.25にもランクインする程好きなこちらの曲を。
David Guetta -Every Chance We Get We Run
音楽はかなり雑食です。
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9月9日。 一年前の今日、私はまだ訓練所で訓練の真っ最中だった。最後の語学試験を目の前に、訓練も忙しさのピークを迎え、寝不足の日々が続いてた。
確か、火曜日。
火曜日の19:10からは、毎回班ゼミみたいなのがあって、私たち12班は一年後の自分へ、メッセージビデオを作っていた。
最近バタバタしていたけれど、なんかあったな、なんだっけなと頭の奥で残っていた一年前の今日の日の事。
今そのビデオを見返すと、一人でにやけてしまう。
12人の、世界中で頑張っている同期の仲間たちが、今日の私たちに向けてメッセージを残している。
私はこんなことを言っていた。
***********
『1年後の自分へ。2014年9月9日の私より』
1年後の自分は笑えていますか?
1年後の自分は太っていませんか?
1年後の自分はインドネシアという国を愛せていますか?
1年後の自分は、jocvという仕事に対し幸せを感じることができていますか?
NTCでの生活と、応援してくれる家族や友達のことだけは、いつまでも忘れないでください。
***********
私の1年後のメッセージは、、
これだけ・・・か
2014年の私が、2015年に託した想いは、自分の想像をはるかに超えて目的を達成してしまっているようです。
2015年9月9日の私は、毎日笑っていて、むしろ太るどころか、NTCでマックス太りすぎた体重は落ちつき、ロンボクを愛していて、心から今ここに来れてよかった、とそう思えています。
もうすぐで1年。
今は活動の指標も大枠が決まっていて、それに向かって動いている。
でもここで改めて。
できること、必要なことを整理しようと思う。
独りよがりの活動になっていないか、ロンボクの人達が主体となっているのか。見直そうと思う。
前々回のブログで、前向きになる曲を載せたら、お友達がこの歌もいいよ、と教えてくれました。
UVERWORLD - Fight For Liberty
『 人生が二度あるなら こんな険しい道は選ばないだろう
でもこの一回 たった一回しかチャンスが無いのなら
何もかも諦めて生きていくつもりは無い
後ろに明日は無い 力を宿せWAR』
私この曲知らなくて、きっと素敵な曲なんだろうなあって思うけど、私の住んでいる国ではYouTubeが非対応で聞けない・・・
気持ちがうれしかったです。ありがとう。
そんなプレ1年記念日は、私のプレイリストNo.25にもランクインする程好きなこちらの曲を。
David Guetta -Every Chance We Get We Run
音楽はかなり雑食です。
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9/09/2015
独り言





















